雅楽は、宮内庁の解説によれば、5世紀ごろから中国大陸や朝鮮半島から伝わった音楽と舞が日本古来の歌舞と融け合い、10世紀ごろにほぼ完成した芸術です。1955年(昭和30年)には宮内庁楽部の雅楽が国の重要無形文化財に指定され、2009年にはユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されました。ユネスコはこれを、日本の伝統芸能のなかで最も古いものと紹介しています。
ただ、雅楽を「ゆっくりした荘厳な音楽」という印象だけで終えると、設計の細かさを見落とします。誰が何人でどの席に座り、どの楽器が旋律を受け持ち、どの楽器が拍の目印を打つのか。音の高さの基準と、曲の調はいくつあるのか。雅楽はこうした約束ごとが千年以上かけて整理され、明治期に楽譜として統一された音楽です。
この記事では、宮内庁の公式解説、平凡社・小学館などの事典の記述、ユネスコの登録情報、雅楽演奏団体の伶楽舎の協力で作られた解説サイト「雅楽概説」をもとに、雅楽の編成と音組織を順にたどります。執筆時点(2026年11月)の情報です。
雅楽寮から宮内庁楽部まで — 1300年の「楽団」の歴史
律令国家の音楽機関
雅楽を担う国の機関が置かれたのは、701年(大宝元年)の大宝律令です。治部省のもとに雅楽寮(うたまいのつかさ)が設けられ、日本古来の歌舞と、唐・高麗・百済・新羅などから伝わった外来の楽舞を教習・管理しました。
規模については事典の記述に幅があります。小学館の日本大百科全書は初期を250余名とし、平凡社の世界大百科事典は職員令にもとづく定員を、歌人40人・歌女100人・儛生100人・唐楽生60人・高麗楽生20人などと細かく挙げています。いずれにしても、数百人規模の国営の楽団兼養成機関だったことになります。日本大百科全書によれば、809年(大同4年)には総勢40名に削減されました。
楽制改革で「左」と「右」に分かれる
大陸から入った多様な音楽は、平安時代の9世紀なかばに整理し直されます。世界大百科事典は、仁明天皇の時代(833〜850年)の改革で、中国系の唐楽と朝鮮半島系の高麗楽(こまがく)という二分法が確立したとしています。唐楽には林邑楽(りんゆうがく。現在のベトナム中部にあった古代国家・林邑の音楽)や日本で新しく作られた曲も含まれ、唐楽は左方、高麗楽は右方に配されました。この「楽制改革」が、現在の雅楽の骨格になっています。
三方楽所から明治撰定譜へ
中世以降、雅楽は京都の大内(宮中)、奈良の南都、大坂の天王寺に置かれた三つの楽人集団、いわゆる三方楽所(さんぽうがくそ)が伝えてきました。江戸時代には江戸城紅葉山にも楽人が置かれています。
明治維新で都が東京に移ると、これらの楽人が東京に集められ、流派ごとに違っていた伝承を統一する必要が生じました。ブリタニカ国際大百科事典によれば、太政官雅楽局は1876年(明治9年)と1888年(明治21年)の2回にわたって明治撰定譜を制定し、唐楽・高麗楽・上代歌舞・催馬楽・朗詠の楽譜をパート譜の形で定めました。宮内庁楽部が現在演奏する曲は、すべてこの譜によっているとされます。
宮内庁楽部は戦後も宮中の儀式や饗宴、春秋の園遊会で演奏を続け、1956年(昭和31年)からは皇居内の楽部で春と秋に各3日間の公開演奏会を開いています。
三つの種目と、左方・右方の対
国風歌舞・大陸系の楽舞・歌物
宮内庁は雅楽を、大きく三つに分けて説明しています。
- 国風歌舞(くにぶりのうたまい) — 神楽、倭舞(やまとまい)、東游(あずまあそび)、久米舞、五節舞など、日本古来の歌と舞。神楽笛や和琴(わごん)といった日本古来の楽器を使います
- 大陸系の楽舞 — 唐楽と高麗楽。器楽だけの管絃と、舞が中心の舞楽という二つの演奏形態があります
- 歌物(うたいもの) — 平安時代に作られた催馬楽(さいばら。各地の民謡を雅楽風に編曲した歌)と朗詠(漢詩に節を付けた歌)
笙と篳篥の響きが重なる、一般に「雅楽」と聞いて思い浮かべる音楽の多くは、2の唐楽の管絃です。以下は主にこれを扱います。
管絃と舞楽では楽器が違う
同じ唐楽の曲でも、管絃で奏するか舞楽で奏するかで編成が変わります。事典の記述をまとめると、次のようになります。
| 形態 | 管楽器 | 絃楽器 | 打楽器 |
|---|---|---|---|
| 唐楽・管絃 | 笙・篳篥・龍笛 | 楽箏・楽琵琶 | 鞨鼓・太鼓・鉦鼓 |
| 唐楽・舞楽(左方) | 笙・篳篥・龍笛 | 原則として用いない | 鞨鼓・大太鼓・鉦鼓 |
| 高麗楽・舞楽(右方) | 篳篥・高麗笛(笙は用いない) | 原則として用いない | 三ノ鼓・大太鼓・鉦鼓 |
舞楽では絃楽器が抜け、太鼓は屋外の舞台に据える大型の大太鼓(だだいこ)に替わります。高麗楽ではさらに笙が抜け、龍笛より短い高麗笛(こまぶえ)が入ります。日本大百科全書によれば、高麗笛が短いために高麗楽の調子は唐楽の同名の調子より長2度高く、合奏を主導するのは鞨鼓ではなく、砂時計形の胴をもつ三ノ鼓(さんのつづみ)です。
高麗楽は19世紀末までは管絃として演奏する伝承もありましたが、現在はすべて舞を伴って上演され、現行曲は二十数曲とされます。舞楽では左方の舞と右方の舞を一対で組み合わせる番舞(つがいまい)の形がとられ、装束も左方は赤系統、右方は緑・青系統が多いとされます。
雅楽の太鼓類と、それが能や歌舞伎、祭礼の太鼓とどう違うかは、和太鼓の種類と構造で扱っています。

管絃16人の座席と役割
標準は16人、室内では10人・5人・3人
「雅楽概説」によれば、管絃の標準編成は16人です。内訳は管楽器9人(笙3・篳篥3・龍笛3)、絃楽器4人(楽琵琶2・楽箏2)、打楽器3人(鞨鼓1・太鼓1・鉦鼓1)。室内で演奏するときは、各管1・各絃2・各打1の10人、各管1・各絃1の5人、管楽器だけ各1の3人といった縮小編成もとられます。
座席も決まっています。管楽器は楽器ごとに3人が三角形に座り、首席の音頭(おんど)が前、ほかの2人が後ろにつきます。その前に、箏が左・琵琶が右に座り、最前列に鉦鼓・太鼓・鞨鼓が並びます。オーケストラの配置が時代や指揮者によって変わってきたのとは対照的に、雅楽の配置は役割と結びついて固定されています(西洋オーケストラの配置の変遷はオーケストラの楽器配置を参照)。
旋律を出す篳篥と龍笛
旋律を受け持つのは篳篥(ひちりき)と龍笛(りゅうてき)です。篳篥は長さ約18センチの竹管に、表7孔・裏2孔を開け、葦で作った大きめのリード(蘆舌、ろぜつ)を差し込んだダブルリード楽器です。リードのくわえ方と唇の締め方で音高を連続的に動かす塩梅(えんばい)という技法があり、「雅楽概説」は完全4度ほどの幅で音高を変えられると説明しています。小さな楽器ですが、「雅楽概説」は全音域にわたって豊かな音色を持つと説明しています。
龍笛は長さ約40センチの竹の横笛で、指孔は7つ。内側に漆を塗り、外側を樺(かば)を紐状にしたもので巻いて仕上げます。オクターブを切り替えるキーはなく、指づかいと息の強さで2オクターブ以上を吹き分けます。「雅楽概説」は《越天楽》の例で、龍笛が持続音に彩りを添え、旋律の音と音をつなぐ型を吹いて、旋律にリズムの性格を加えると説明しています。
和音と拍の目印を出す笙・箏・琵琶
笙・箏・琵琶は、旋律に関係する音型や和音で、管楽器と打楽器の橋渡しをします。楽琵琶は全長106センチ、4絃・4柱で、木の撥で弾きます。胴が薄く残響が短いため、和音を伸ばすより拍の頭を示す「リズム的」な役割を担い、複数の絃をアルペジオ風に鳴らして音量を補います。
楽箏は全長約190センチの13絃で、右手の親指・人差し指・中指に竹の小さな爪を付けて弾きます。基本の型は2小節で一組の閑掻(しずがき)と早掻(はやがき)で、篳篥の旋律の要の音を補強します。平安時代には左手で絃を押して音高を変える技法もありましたが、現在の雅楽では使われていません(近世の箏曲との違いは箏の調弦で扱っています)。
笙の11の和音 — 合竹と手移り
17本の竹と、鳴らない2本
管絃の響きを特徴づけているのが笙(しょう)です。「雅楽概説」によれば、笙は太さが同じで長さの違う17本の竹管を、吹き口の付いた木製の匏(ほう)の上に円筒状に立てた楽器です。各管の下部に金属製のリードが付き、管の指孔を指でふさいだときだけ、その管が鳴ります。17本のうち音が出るのは15本で、残りの2本にはリードがありません。
笙は吹いても吸っても音が出るため、息継ぎで音を切らずに和音を伸ばし続けられます。一方で、リードが湿ると音が出なくなるという弱点があります。「雅楽概説」は、奏者が電気ヒーターをそばに置いてリードを乾かすと説明しています。
合竹と手移り
笙の主な役割は、合竹(あいたけ)と呼ばれる和音を鳴らし続けることです。合竹は5〜6本の管を同時に鳴らす和音で、唐楽で使う合竹は11種類あります。それぞれの合竹は、最も低い音の管の名前で呼ばれ、「乙(おつ)の合竹」「美(び)の合竹」のように記されます。
和音から次の和音へ移るときは、指を一度に全部離すのではなく、1本ずつ段階的に入れ替えます。これを手移り(てうつり)といいます。西洋の和声のように和音が「切り替わる」のではなく、ある和音の中から次の和音がにじみ出てくるように聞こえるのは、この手移りのためです。
「雅楽概説」は、笙の音色が全音域でほぼ均一で、第2倍音と第4倍音にエネルギーが保たれていることが、明るく澄んだ響きの一因だと分析しています。また、雅楽の合奏を西洋のオーケストラと比べて、機能和声と音の融合に基づく西洋に対し、雅楽は「決まった和音」と「溶け合わない響き」から成ると説明しています。篳篥・龍笛・笙は互いに混ざり合って一つの音色になるのではなく、それぞれの輪郭を保ったまま重なっているのです。

十二律と六調子 — Dから始まる音の名前
壱越から上無まで
雅楽の音高は十二律(じゅうにりつ)という12の音名で表します。1オクターブを12に分け、それぞれに名前を付けたものです。ブリタニカ国際大百科事典と世界大百科事典によれば、最初の壱越(いちこつ)は洋楽のニ音(D)にほぼ相当し、以後半音ずつ高くなります。
| 十二律 | 洋楽音名(ほぼ相当) | 十二律 | 洋楽音名(ほぼ相当) |
|---|---|---|---|
| 壱越(いちこつ) | D | 鳧鐘(ふしょう) | G♯ |
| 断金(たんぎん) | D♯ | 黄鐘(おうしき) | A |
| 平調(ひょうじょう) | E | 鸞鏡(らんけい) | A♯ |
| 勝絶(しょうぜつ) | F | 盤渉(ばんしき) | B |
| 下無(しもむ) | F♯ | 神仙(しんせん) | C |
| 双調(そうじょう) | G | 上無(かみむ) | C♯ |
この12の音は、もともと古代中国の律管(音高の基準にした管)の長さを、3分の1ずつ足し引きする三分損益法で求めたものです。日本大百科全書は、5度上と4度下を交互にとるこの方法がピタゴラス音律と同じ原理だと説明しています(音律の考え方は音律の歴史で詳しく扱っています)。
基準音はA=430Hz
現在の雅楽で基準とする高さについて、「雅楽概説」は笙・篳篥・龍笛・琵琶・箏のいずれもA=430Hzに合わせると記しています。国際的な標準ピッチのA=440Hzより、およそ40セント(半音の4割ほど)低い値です(A=440Hzが標準になった経緯はA=440Hzの歴史を参照)。なお、楽譜に書かれた音より実音が1オクターブ高い楽器が多い点も、西洋の楽譜との違いです。
六調子 — 呂と律
唐楽の曲は、六調子(ろくちょうし)と呼ばれる6つの調のいずれかに属します。壱越調・平調・双調・黄鐘調・盤渉調・太食調(たいしきちょう)で、名前の多くは主音の十二律名から取られています。
六調子は、旋法の性格から呂(りょ)と律(りつ)の2群に分けられます。「雅楽概説」は西洋の教会旋法になぞらえ、壱越調(D)・太食調(E)を呂、平調(E)・黄鐘調(A)・盤渉調(B)を律として、呂はミクソリディア旋法、律はドリア旋法に近いものと説明しています。同じE音を主音とする平調と太食調が別の調子として並ぶのは、この旋法の違いによるものです。
また「雅楽概説」は、笙が12の音のうち9音しか使わず、六調子はこの9音の中で組み立てられていると説明しています。和音を担う楽器の音の数が、調の体系そのものを縛っているわけです。律の音階が日本の民謡や唱歌の音階とどうつながるかは、「日本らしい響き」の正体で扱っています。

指揮者のいない合奏 — 拍子と御拍子
早拍子と延拍子
管絃の曲の時間の枠組みは、二つの数え方の組み合わせで決まります。一つは1小節の拍数で、「雅楽概説」によれば、1小節4拍の早拍子(はやびょうし)と、その倍の長さの1小節8拍の延拍子(のべびょうし)が基本です。ごく少数の曲には、2拍+4拍の早只拍子(はやただびょうし)、2拍+3拍の夜多良拍子(やたらびょうし)という変則的な拍子もあります。
もう一つは、一つの周期を何小節で作るかで、「四拍子」「六拍子」「八拍子」と呼び分けます。ここでいう「拍子」は西洋の拍子記号とは意味が違い、周期の長さを指すので注意が必要です。
太鼓が打つ「御拍子」
周期の中で最も重いアクセントは、太鼓が打つ御拍子(おばち)です。このとき鞨鼓・鉦鼓・太鼓が同時に鳴り、太鼓は右手の強い一打(雄桴、おばち)を打ちます。「雅楽概説」は、構造上は周期の中央にあたるこの一打を、奏者によって「周期の最初の強拍」と捉える人もいれば「最後の小節の第1拍」と捉える人もいると紹介しています。捉え方の違いは流派の考え方の違いで、演奏そのものには影響しないとされます。
鞨鼓は「指揮者」なのか
管絃には指揮者がいません。では誰がテンポを決めているのかについては、説明に幅があります。世界大百科事典は、鞨鼓が持続的な連打(トレモロ)とその間の単打の幅を調整して合奏全体のテンポを統率すると説明しています。鞨鼓の奏法には、単打の正(せい)、片手でゆっくり加速する片来(かたらい)、両手で速く加速する諸来(もろらい)があり、この打ち方が周期の進み具合を示します。
一方で「雅楽概説」は、16人の奏者は旋律によって同期すると述べています。奏者は管楽器を7〜10年学んだあとに絃楽器・打楽器・舞・歌も習うため、全員が旋律全体を知っているという説明です。二つの説明は、同じ合奏を別の角度から見たものと読むこともできます。
音取と残楽
管絃の演奏会は、多くの場合、音取(ねとり)から始まります。世界大百科事典によれば、音取はその日の曲の調子を示し、奏者同士の音合わせを兼ねる短い前奏で、六調子のそれぞれに対応するものがあります。「雅楽概説」によれば、曲の導入部と終結部は各楽器群の主奏者だけが演奏する形式的な部分で、導入部ではほぼ1フレーズ分を主奏者だけが奏したあとに、ほかの奏者が加わります。
反対に、残楽(のこりがく)は、合奏を一通り終えたあとに人数を減らして同じ曲を繰り返し、各パートが技を見せながら順に演奏をやめていく形式で、箏の技量を聴かせる演出とされます。
雅楽を聴く場、雅楽の技を仕事に生かす
公開演奏会と各地の公演
宮内庁楽部の演奏は、春と秋に皇居内で開かれる公開演奏会のほか、毎年2回程度の地方公演、年1回程度の国立劇場での公演で聴くことができます。海外公演も、1959年のニューヨーク国連総会議場での初公演以来、欧米やアジアで重ねられてきました。楽部の楽師は洋楽も修得して皇室行事で演奏しており、宮内庁は楽部を国内の洋楽演奏団体のなかでも最も古い歴史を持つものの一つとしています。
ユネスコは、楽部の楽師が弟子に技を伝え、その多くが雅楽に深く根ざした家の出身であると紹介しています。一方で、民間の雅楽団体や神社・寺院の楽人も各地で活動しており、雅楽は宮中だけの音楽ではありません。
現代の作曲と、編成の知識
雅楽の楽器は、現代音楽の作曲でも使われてきました。「雅楽概説」は、もともと雅楽の様式で作曲しようとする人のために作られたサイトで、笙ではタンギングや持続音による旋律、吹きながら声を出す奏法など、伝統にない新しい奏法も試みられていると紹介しています。
映像作品や式典、展示で雅楽の音を使いたい場合は、笙・篳篥・龍笛の奏者や、雅楽の様式に通じた作曲家に相談するのが近道です。ミュージシャンを探すでは演奏動画とポートフォリオを見比べられ、演奏・監修・作曲の依頼は仕事を探す・掲載するから公開できます。初めて演奏家に発注する方は、企業の方へのガイドで流れを確認できます。
参考・出典
- 雅楽(宮内庁)(宮内庁)
- Gagaku(Intangible Cultural Heritage)(UNESCO・2009年)
- 雅楽概説 — 管絃のオーケストレーション(Rose/Kapuscinski・伶楽舎協力・2010〜2020年)
- 雅楽概説 — 音高(同上)
- 雅楽概説 — リズム(同上)
- 雅楽概説 — 笙(同上)
- 雅楽寮(コトバンク:日本大百科全書・世界大百科事典ほか)(小学館・平凡社ほか)
- 唐楽(コトバンク:世界大百科事典・日本大百科全書ほか)(平凡社・小学館ほか)
- 高麗楽(コトバンク:世界大百科事典・日本大百科全書ほか)(平凡社・小学館ほか)
- 管絃(コトバンク:世界大百科事典ほか)(平凡社ほか)