チューナーアプリを開くと、画面の隅に「A=440Hz」と表示されています。電子ピアノの設定画面にも、DAW(音楽制作ソフト)のプロジェクト設定にも、同じ数字が並んでいます。ピアノの真ん中のドから数えて上のラ(A4)を、1秒間に440回振動する音にする。これが現在の国際的な基準ピッチ(標準音高)です。

しかし440という数字は、物理法則から導かれた値ではありません。18世紀のヨーロッパでは、町や教会ごとに「ラ」の高さがばらばらで、19世紀には演奏会の音がじわじわと高くなり、歌手が悲鳴を上げました。各国政府、物理学者、楽器製作者、そして放送局が100年以上かけて交渉し、ようやく1939年に440Hzでまとまったのです。

この記事では、基準ピッチの基本を確認したうえで、音叉の誕生から国際規格 ISO 16 の成立まで、そして規格ができたあとも442Hzや415Hzが使われ続けている理由を、一次資料をもとにたどります。

「ラ」を何ヘルツにするか — 基準ピッチという約束

音の高さは、空気が1秒間に何回振動するかで決まります。単位はヘルツ(Hz)で、数が大きいほど高い音に聞こえます。振動数が2倍になると1オクターブ上がります。

基準ピッチとは、この「どの音を何ヘルツにするか」を1か所だけ決めておく約束です。1音が決まれば、残りの音は音律(オクターブの中に音をどう並べるかの決まり)によって計算できます。現在の平均律(オクターブを12の等しい比率に分ける音律)で A4=440Hz とすると、真ん中のドは約261.6Hzになります。

オーケストラが演奏前にオーボエのラに合わせるように、基準にはラが使われてきました。弦楽器はどれもラの開放弦(指で押さえずに鳴らす弦)を持ち、合わせやすいためとされます。

数ヘルツの差はどれくらいか

基準ピッチの差は「セント」で表すと実感しやすくなります。セントは半音を100等分した単位で、1オクターブは1,200セントです。

基準ピッチ(A4)440Hzとの差主な文脈
415.3Hz−100セント(ちょうど半音下)古楽器による演奏の慣行
435Hz約−20セント1859年のフランスの基準
440Hz0国際規格 ISO 16
442Hz約+8セント日本の演奏現場で多い設定
444Hz約+16セント高めに合わせる楽団の例

セントの値は振動数の比から計算したものです。2Hzの差はわずか8セントほどですが、2つの楽器を同時に鳴らすと、うなり(わずかにずれた音が干渉して起こる揺れ)として聞き取れます。

気温も無視できません。管楽器の音の高さは管の中の音速で決まり、音速は気温1℃あたり約0.6m/s変わります。20℃前後では1℃あたり約3セントの変化になる計算で、基準ピッチの歴史がたびたび「何度のときの値か」という議論を伴ってきたのはこのためです。

音叉が生まれる前 — 町ごとに違った「ラ」

基準ピッチという考え方そのものが、長いあいだ必要とされていませんでした。音楽学者リン・キャヴァナー(Lynn Cavanagh)は、19世紀の音響学者アレクサンダー・エリス(Alexander J. Ellis)の研究を引きながら、1600年以前のドイツのオルガンだけでも、中世の A=567Hz から1511年ごろの A=377Hz まで幅があったとしています。

この差はおよそ完全5度にもなります。それでも困らなかったのは、演奏がその土地の楽器と結びついていたからです。奏者は別の土地へ行けば、楽譜を別の調で書き直すか、その場で移調(音の高さを丸ごとずらして演奏すること)して対応していました。

国境を越えて活躍する音楽家が増えると、事情が変わります。キャヴァナーは、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Händel)が好んだ高さを A=423Hz 前後、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)を A=422Hz 前後と紹介しています。どちらも440Hzより70セント近く低く、半音の3分の2ほど下がった音です。

音叉の登場

この時代に、基準を「持ち運べる」道具が現れます。ケンブリッジ大学のホイップル科学史博物館によると、音叉はイギリス王室のトランペット奏者ジョン・ショア(John Shore)が1711年に考案したとされます。それまで使われていた木製のピッチパイプ(音程を示す笛)は、湿気や吹き方で音が揺れやすく、頼りになりませんでした。

U字形の金属棒を叩くと、ほぼ一定の振動数で鳴り続ける。この単純な道具のおかげで、ある場所の「ラ」を別の場所へ正確に運べるようになりました。のちに各国が基準ピッチを法令で定めるときも、その実体は「この音叉の音」という形をとります。

夜のアトリエの作業台を真上から見下ろした図。ビロードを張った細長い木箱に、大きさの少しずつ違う金属の音叉が何十本も一列に並び、横に小さな木槌と真鍮の定規が置かれている。人はいない
19世紀には、振動数を少しずつずらした数十本の音叉を並べ、うなりを数えて音の高さを測った。シャイブラーの「トノメーター」はその代表例

上がり続けた19世紀の音と、パリの435Hz

19世紀に入ると、ヨーロッパと北アメリカの演奏会の音は、ほぼ一方向に上がり続けました。キャヴァナーはエリスの説明をもとに、理由を二つ挙げています。

一つは会場の大型化です。より大きな劇場や演奏会場でクライマックスを輝かしく響かせるために、高めの音が好まれました。もう一つは楽器製作の競争です。管楽器のメーカーは他社より明るく聞こえる高めの楽器を売り込み、弦楽器も弦の改良で強く張れるようになり、管楽器に合わせて高く調弦できました。

困ったのは歌手です。楽器は作り替えられても、人の声の音域は変わりません。作曲家が A=423Hz 前後を想定して書いたオペラやオラトリオを、A が450Hzに迫る劇場で歌わされる事態が生じたと、キャヴァナーは指摘しています。423Hzから450Hzまでは約107セント、半音以上の差です。

1859年、フランス政府の決定

最初に国として歯止めをかけたのはフランスでした。フランス国立図書館(BnF)の目録によると、1859年に帝国印刷局から『フランスにおける統一的な音楽用音高の制定に関する報告と省令』(35ページ)が刊行されています。報告の執筆者は作曲家フロマンタル・アレヴィ(Fromental Halévy)で、関係者としてエクトル・ベルリオーズ(Hector Berlioz)、ジョアキーノ・ロッシーニ(Gioachino Rossini)、ジャコモ・マイアベーア(Giacomo Meyerbeer)、物理学者のジュール・リサジュー(Jules Lissajous)らの名が並び、省令は国務大臣アシル・フルド(Achille Fould)が署名しました。

この決定で定められたのが A=435Hz の「ディアパゾン・ノルマル(標準音高)」です。キャヴァナーは、435Hzを、歌手には高すぎる450Hzと、すでに華やかな響きに慣れた聴衆を満足させられない422Hzとの「妥協」だったと評しています。

1885年の国際条約

435Hzはフランスの外にも広がります。フランスの音楽事典ラルース(Larousse)は、この基準が1885年に国際的に拡大されたと記しています。第一次世界大戦後の1919年に結ばれたヴェルサイユ条約の第282条には、ドイツと連合国の間で引き続き適用される多国間条約の一つとして「1885年11月16日および19日の、演奏会用基準音高の制定に関する条約」が挙げられています。音の高さが国際条約の対象になっていたのです。ただし、イギリスやアメリカはこの枠組みの外で、それぞれの道を進みました。

シュトゥットガルトの440Hzと、イギリスの439Hz

実は440という数字そのものは、フランスの435Hzより早く登場しています。

『グローヴ音楽辞典』の初版(19世紀末)によると、ドイツのクレーフェルトの絹織物業者ヨハン・ハインリヒ・シャイブラー(Johann Heinrich Scheibler)は、振動数を少しずつずらした音叉を数十本並べ、隣り合う音叉のうなりを数えて音の高さを測る「トノメーター(音高計)」を作りました。

シャイブラーは1834年、シュトゥットガルトで開かれた物理学者の会議で、華氏69度(約20.6℃)における A=440 を提案し、賛同を得ました。これが「シュトゥットガルト・ピッチ」と呼ばれる値です。同辞典は、440が選ばれたのは当時のウィーンのピアノの高さの平均だったからで、ハ長調の純正な音を整数で表せるからではない、と説明しています。つまり440Hzは、出発点から「現場の平均値」だったことになります。

温度をめぐる「計算」が生んだ439Hz

イギリスでは別の数字が生まれました。1896年、ロンドンのフィルハーモニック協会は新しい基準を定めますが、435Hzをそのまま採用したわけではありません。

キャヴァナーによると、当時のイギリスでは「フランスの435Hzは華氏59度(15℃)で鳴らしたときの値だ」という誤った理解が広まっていました。協会は顧問の助言に従い、管楽器は華氏1度あたり振動数が1,000分の1上がるという関係を使って、室温の華氏68度(20℃)に換算しました。435 + 435 × 9 ÷ 1,000 ≒ 438.9 で、四捨五入して A=439Hz です。

こうしてイギリスでは439Hzが公認の基準になりました。キャヴァナーはこの経緯を「疑わしい導き方」と表現しています。一方、北アメリカでは20世紀初めまでピッチが統一されず、むしろ上がり続けていたといいます。

放送が決めた国際標準 — 1939年のロンドン会議とISO 16

20世紀には新しい要因が加わります。ラジオ放送です。各地の楽団の演奏が同じ家庭に届くと、ピッチの違いが耳で比べられるようになりました。キャヴァナーは、1930年代に放送業界が欧米のピッチ統一を強く後押ししたと述べています。

1939年5月、ロンドンで国際会議が開かれ、A=440Hzを国際基準とすることで合意しました。英国規格協会(BSI)でこの問題に携わったルウェリン・ロイド(Llewelyn S. Lloyd)は1949年の講演で、会議はドイツへの宣戦布告の約3か月前に開かれたと振り返っています。シュトゥットガルトの440Hzにも、イギリスの439Hzにも近い値で、既存の慣行と過去の基準の妥協だったと考えられています。

439Hzでは放送できなかった

このとき英国放送協会(BBC)は、電子的に作った440Hzの基準音を放送し始めました。ロイドの講演によれば、その作り方は次のようなものでした。

  • 圧電水晶(電圧をかけると決まった振動数で振動する結晶)で制御した発振器が、毎秒100万回の振動を作る
  • 電子回路でこれを分周(振動数を整数分の1に落とすこと)して1,000Hzにする
  • それを11倍して25で割り、440Hzを得る

1,000 × 11 ÷ 25 = 440 です。ロイドは、439は素数なのでこの方法では作れない、と付け加えています。ただし、この技術的な事情が440Hzを選んだ理由になったのかどうかは、講演からは分からないとキャヴァナーは注記しています。

夜の丘の上に立つ背の高い鉄骨の電波塔を遠くから見た風景。手前には古い家の窓辺があり、木の箱形のラジオ受信機と、その横に音叉が一本置かれている。人はいない
1930年代、放送局は電子的に作った基準音を電波で送り始めた。家庭や楽団は、放送を受信するだけで同じ「ラ」を手に入れられるようになった

アメリカでは、国立標準局(NBS、現在の NIST)が1941年3月15日付の発表で、前年11月の火災で中断していた短波局 WWV からの440Hzの「標準音高」の放送再開を告知しています。WWV は現在も、毎時2分目に440Hzの音を流しています(UTC の各日の最初の1時間を除く)。

ISO 16 と日本の採用

戦後、この合意は国際標準化機構(ISO)に引き継がれます。キャヴァナーが引く『ニューグローヴ音楽事典』によると、ISO は1955年11月と1975年1月に A=440Hz を確認しました。現行の規格 ISO 16:1975「音響 — 標準調律周波数(標準音高)」は、ト音記号の五線の中のラを440Hzとし、調律に使う機器は0.5Hz以内の精度で音を出すことを求めています。この規格は2022年にも見直しのうえ「確認」され、執筆時点(2026年10月)でも有効です。

日本では、平凡社の『世界大百科事典』によれば1948年に文部省が440Hzを採用しました。小学館の『日本大百科全書』は、日本ではそれまで435Hzの旧標準音が使われていたと説明しています。

440Hzに決まっても揃わない — 442Hz・444Hz・415Hz

国際規格ができても、演奏の現場が一斉に440Hzに揃ったわけではありません。ISO が1955年と1975年に改めて確認を重ねたこと自体、実際のピッチがその後も上がり続けていたことの裏返しだと、キャヴァナーは読んでいます。

キャヴァナーが紹介する音楽学者アーサー・メンデル(Arthur Mendel)の証言は具体的です。1940年代後半から50年代初め、ニューヨークのオーケストラと共演する電子オルガンを440Hzに調律すると、演奏が進むにつれてオルガンだけが低く聞こえ、444Hzに合わせると問題が消えたといいます。ラルースも、ピッチの上昇は国ごとに程度を変えながら続き、1979年には平均で445Hzほどになっていたと記しています。

日本の現場の442Hz

日本でも、演奏の現場では440Hzより少し高い442Hzが広く使われているとされます。身近な例では、ローランドの電子ピアノ FP-40 の取扱説明書は、基準ピッチの設定範囲を415.3〜466.2Hz、初期値を442.0Hzとしています。設定範囲の両端は、440Hzからちょうど半音下と半音上にあたります。

古楽の415Hzと「432Hz」をめぐる言説

作曲当時の楽器や奏法を再現する古楽演奏が広がると、基準ピッチは様式によって選ぶものとして見直されました。キャヴァナーも、古楽器の復興によって、ピッチは絶対的なものではなく様式に左右されるという認識が生まれたと結んでいます。バロック音楽で415Hz前後がよく使われるのは、ヘンデルの時代の低い高さに近く、440Hzのちょうど半音下で鍵盤楽器を移調しやすいためとされます。

一方、インターネット上では「432Hzこそ自然で体によい」「440Hzは特定の政治勢力が押しつけた」といった主張も見かけます。しかし440Hzは、1834年の現場の平均値に始まり、各国の交渉と放送技術の事情を経て決まった値です。心身への効果についても、科学的に確立した根拠は示されていません。

制作の現場で基準ピッチをどう扱うか

基準ピッチの違いは、歴史の話にとどまりません。音楽制作の発注や共同作業では、最初に確認しておかないと手戻りの原因になります。

まず、生の楽器と録音済みの音源を合わせる場合です。ピアノは調律師に依頼しないと基準ピッチを変えられず、パイプオルガンは事実上変えられません。スタジオやホールに常設の楽器がある場合は、そのピッチに全体を合わせるのが現実的です。

和楽器も同じです。箏は13本の弦を一本ずつ柱(じ)で調弦するため、基準ピッチが決まらないと準備が始められません(箏の調弦の記事)。

発注時に決めておきたいこと

確認項目決めておく内容の例
基準ピッチA=440Hz か 442Hz か(古楽なら415Hzなど)
合わせる相手スタジオのピアノ、既存の伴奏音源、劇場の常設楽器のどれに合わせるか
データの設定DAW やソフト音源のマスターチューニングの値
納品物の表記譜面・ステム(パートごとの書き出し音源)・資料に基準ピッチを明記するか

DAW やソフト音源は設定の数字を変えるだけで基準ピッチを変えられますが、録音済みのオーディオを後から動かすと、処理によって音質がわずかに変わることがあります。素材の受け渡しには基準ピッチを書き添えておくのが安全です。

演奏者や作編曲家に依頼するときも、こうした前提を先に伝えておくと準備が正確になります。Music Chronicle では、演奏家や作編曲家のポートフォリオから依頼先を探したり、仕事の掲載で条件を示して募集したりできます。初めて依頼する方は企業の方へのガイドも参考になります。

照明を落としたリハーサル室を横から見た中景。木の床の上に箏が横たえられ、柱が斜めに並ぶ弦の上に小さなクリップ式のチューナーが留められている。奥には譜面台と電子キーボードの端が見え、椅子は空いている
和楽器と鍵盤楽器を合わせる前には、どの基準ピッチに揃えるかを決めておく。箏は13本の弦を柱の位置で一本ずつ調弦する

440Hzは物理の答えではなく「合意」の数字

440Hzは、物理の法則が決めた数字でも、特定の誰かが押しつけた数字でもありません。歌手の声、楽器メーカーの事情、会場の大きさ、温度の計算、そして電波で基準音を届ける技術。それぞれの事情を抱えた人々が折り合いをつけた結果です。

だからこそ、現在も442Hzで合わせるオーケストラがあり、415Hzでバロック音楽を演奏する団体があります。国際規格は「共通の出発点」であって、演奏の自由を縛るものではありません。チューナーの「440」という表示の向こうには、音の高さをめぐる140年分の交渉の歴史が積み重なっています。

参考・出典