箏(こと)の演奏会では、曲と曲のあいだに奏者が楽器に手を伸ばし、糸を弾いては白い小さな駒を少しずらす場面があります。これは休憩ではなく、次の曲のために調弦(ちょうげん、楽器の音の高さを合わせること)を変えている時間です。

箏の13本の糸は、太さも張りもほぼ同じにそろえてあります。それぞれの音の高さを決めているのは、糸の下に1本ずつ立てた柱(じ)という可動式の駒の位置です。柱を動かせば音階そのものが入れ替わるため、箏は曲ごとに「調子」を組み替える楽器になりました。

この記事では、柱が音高を決める仕組みから、江戸時代前期に八橋検校(やつはしけんぎょう)が定めたとされる平調子(ひらぢょうし)、そこから派生する雲井調子・中空調子、実際の調弦の手順と半音の測定結果、左手の押し手(おしで)に要る力、糸と柱の素材までを、辞典と音響学の論文をもとにたどります。

13本の糸と動く柱 — 音の高さは「長さ」で決まる

箏は、桐(きり)をくりぬいた細長い胴の上に13本の糸を張った楽器です。日本大百科全書は全長を152〜194cm、デジタル大辞泉は「180センチ前後」としています。東京芸術大学の安藤政輝が1989年に日本音響学会の英文誌に発表した論文「Koto scales and tuning」も、全長を約182cmとしています。

糸の名前は、奏者から見て向こう側から順に一、二、三……十と数え、残る3本を斗(と)・為(い)・巾(きん)と呼びます。胴の右端(奏者から見て)には固定の駒である龍角(りゅうかく)、左端には雲角(うんかく)があり、糸はこの2つのあいだに張られます。その途中に柱を1本ずつ立て、右手で弾くのは柱と龍角のあいだの部分です。なお同じ「こと」でも、柱を使わない7弦の「琴(きん)」とは別の楽器です。

安藤の論文によれば、13本の糸はすべて同じ太さで、ほぼ同じ張力で張られます。弦の振動数は、張力が同じなら振動する部分の長さに反比例するので、音の高さは柱と龍角の距離で決まります。柱を龍角から遠ざけるほど音は低くなり、近づけるほど高くなります。

数字で見てみます。神奈川工科大学の西口磯春らが2021年に日本音響学会誌に発表した論文は、モデル計算の前提として、ある奏者の箏の七の糸の振動部分を472mm、糸の直径を1mmとしています。振動部分を短くして音を半音上げるには長さを約6%縮めればよいので、472mmの糸なら柱を龍角側へおよそ2.6cm寄せる計算です。

桐の胴に13本の糸が張られ、白い柱が斜めの列をなして並ぶ箏を真上から見た図。右端の龍角から左端の雲角まで糸が通り、柱の位置が糸ごとに少しずつずれている
13本の糸はほぼ同じ太さと張力で張られ、柱と龍角の距離だけで音の高さが決まる。柱の並びの斜めの線が、その曲の調弦を表している

柱の材料について、日本大百科全書は紫檀(したん)・象牙・プラスチックを挙げています。安藤の論文は最良の柱は象牙製としつつ、象牙が入手しにくくなってプラスチックの使用が増えていると記しています。象牙の国内取引は種の保存法で規制されており、三味線の部品でも同じ問題があることは三味線の構造と音で触れました。

平調子 — 八橋検校が組んだ「陰音階」の並び

箏は奈良時代に唐から伝わり、雅楽の楽器(楽箏、がくそう)として宮廷で演奏されてきました。室町時代には九州で筑紫箏(つくしごと)という箏曲が起こり、江戸時代に入ると、三味線の名手でもあった八橋検校が、筑紫箏の祖・賢順の門下の法水からこれを学んで作り替えます。

世界大百科事典によれば、八橋は慶安年間(1648〜1652年)に、筑紫箏とは異なる陰音階(いんおんかい、半音を含む日本の五音音階の一つ。都節音階ともいう)の調弦で新しい箏組歌を作りました。国立国会図書館の電子展示「本の万華鏡 第24回 ことのこと―箏と箏曲―」は、庶民にも親しみやすくするため、八橋が平調子と呼ばれる陰音階の調弦法を考案したと紹介しています。半音を含む都節の音の並びそのものは、「日本らしい響き」の正体で詳しく扱っています。

平調子の中身を、世界大百科事典とブリタニカ国際大百科事典の記述から組み立てると次のようになります。五から十の糸を相対音高で「ミ・ファ・ラ・シ・ド・ミ」と陰音階に並べ、二〜四は七〜九の1オクターブ下、斗・為・巾は六〜八の1オクターブ上に合わせます。一は五と同じ高さか、その1オクターブ下です。

糸一二三四五六七八九十斗為巾
一をD3にした例D3G3A3B♭3D4E♭4G4A4B♭4D5E♭5G5A5

表は、安藤の論文が測定に使った「一の糸をDに取る平調子」を、辞典の音程関係に当てはめて書き出したものです。D4は中央のドの上のレにあたります。この例で巾のAは約880Hzで、西口らの論文が最高音の巾を884Hz(ラ=442Hz基準)として計算しているのとも合います。

ここで大切なのは、平調子の名前が決めているのは音程の関係だけだという点です。安藤は、一の糸の絶対的な高さは曲の性格、演奏の条件、歌い手の声域、合わせる楽器などに応じて奏者が決めると説明しています。一をDより上げることも、Aあたりまで下げることもでき、そのときは13本全体が同じ関係を保ったまま移ります。

柱を動かして調子を変える — 雲井・中空・古今

平調子から特定の糸の柱を動かすと、別の調子になります。デジタル大辞泉と精選版日本国語大辞典は、雲井調子(くもいぢょうし)を「平調子の第3と第8の弦を半音下げ、第4と第9の弦を1全音上げたもの」と説明しています。上の表の例でいえば、三と八がAからA♭に、四と九がB♭からCに変わり、陰音階の始まる位置が二の糸へ移ります。

世界大百科事典によれば、さらに巾も半音下げたものを本雲井調子と呼び、八橋の組歌13曲のうち《雲井曲》だけがこの調子で作られています。1664年の『糸竹初心集』には「又雲井の調べといふ事を此比八橋検校ひき出したり」とあり、平調子と並んで八橋の創意とされます。

中空調子(なかぞらぢょうし)は流派によって指すものが違います。ブリタニカ国際大百科事典によれば、山田流では平調子の六と斗を半音上げたものをこう呼びます。生田流ではそれを「六上り」または「半中空調子」と呼び、さらに七と為を1音下げたものを中空調子とします。

どの調子がどれだけ使われているか

安藤の論文は、生田流で主に使われる10種の調子と、転調の途中や特定の曲にだけ現れる15種の補助的な調子を整理しています。そのうえで、17〜20世紀の箏曲・地歌を収めたレコード全集『箏曲地歌大系』の220曲から箏のパートがある180曲を選び、曲の冒頭の調子を数えました。

調子曲数割合
平調子7240.0%
半雲井調子4424.4%
(本)雲井調子3821.1%
岩戸調子・中空調子各5各2.8%
その他168.9%

半雲井調子は平調子の八を半音下げ、九を1音上げたもので、上の3つで全体の85%を超えます。曲中の転調先まで含めた259例でも、平調子が112例(43.2%)で最多でした。転調の多くは5度上への移行だと安藤は指摘しています。

19世紀には、吉沢検校(2世)が雅楽の盤渉調(ばんしきちょう)に着想を得た古今調子を考案し、《千鳥の曲》《春の曲》などの古今組を作曲しました(世界大百科事典)。調子の数は、こうして作曲のたびに増えていったのです。

耳で合わせる手順 — 4度・5度・オクターブと「狭い半音」

チューナーのなかった時代から、箏の調弦は耳で行われてきました。安藤の論文は、平調子の代表的な手順を次のように図示しています。

  1. 一の糸を基準の高さに決める
  2. 二を一の完全4度上、三を一の完全5度上に合わせる
  3. 四を三の短2度(半音)上、五を一のオクターブ上に合わせる
  4. 六を五の半音上、七を二のオクターブ上に合わせる
  5. 八から巾は、三から八をそれぞれオクターブ上に写す

4度・5度・オクターブは、2つの音のうなりが消える点を聞き分けやすい「協和する音程」です。一方で、半音だけは協和で確かめられないため、奏者の感覚に頼って直接合わせることになります。

安藤は、東京芸術大学の講師5人を含むプロの奏者6人に、一をDに取った平調子を調弦してもらい、13本の音高を測りました。結果は、5度の多くが純正な音程にごく近かった一方、ばらつきは半音と、半音を経由して決まる一部の音程に集中していました。しかも奏者の半音は、平均律の100セント(セントは半音を100等分した音程の単位)や純正律の112セントより明らかに狭く、ピタゴラス音律の半音(90セント)に近い値でした。

箏の糸の上で右手の指先に爪をはめ、柱のすぐ右を弾こうとしている手元を斜め上から寄りで描いた図。左手は柱の左側の糸に軽く触れている
調弦は一の糸を基準に、4度・5度・オクターブを重ねて進む。協和で確かめられない半音だけは奏者の耳に任され、測定ではピアノより狭く合わせる傾向が出た

論文によれば、ばらつきの大きかった被験者の一人は、調弦に異なるニュアンスを持たせるため、意図的に半音の幅を変えていたと測定後に述べています。半音の幅は誤差ではなく、表現の一部でもあるということです。

また、オクターブは高音域へ行くほど広めに合わせられており、ピアノの調律で知られる「ストレッチ」(高音ほどオクターブをわずかに広げる傾向)とよく似た形が出ました。安藤はこうした結果を踏まえ、初心者でも安定して調弦できるよう、4度と5度だけで半音を間接的に作る手順を提案しています。

押し手 — 開放弦にない音を左手で作る

13本の糸に並ぶのは5種類の音だけです。それ以外の音は、左手で柱の左側の糸を押して張力を上げ、右側の振動部分の音高を上げる押し手で作ります。世界大百科事典やブリタニカは、押したり引いたりして音高を上げ下げする技法として説明しています。安藤の論文も、平調子の開放弦にない音程は、必要に応じて押し手で一時的に作ると述べています。

半音上げるものを「弱押し」、全音上げるものを「強押し」と呼びます。西口らの論文によれば、糸を押し下げる距離は弱押しでも20mm以上、強押しでは30mm以上になります。共著者で箏曲演奏家の安藤珠希は、弾きやすい箏糸の開発を目的に、押す力(押絃力)を測ってきました。

測定では、絹糸の箏で弱押しに約42N、強押しに約69Nの力が必要でした。キログラムに直すと約4kgと約7kgで、左手の人差し指と中指の先にそれだけの力をかけ、しかも狙った音高で止めることになります。化学繊維の糸ではそれぞれ約32Nと約58Nで、絹より2割ほど小さい力で済みました。

西口らは、糸の伸び縮みのしやすさ(縦弾性係数)と密度から押絃力を推定する物理モデルを作り、測定値とよく合うことを確かめています。モデルによれば、押絃力は密度よりも縦弾性係数に大きく左右され、伸びにくい糸ほど強い力を要します。論文によれば、押す位置と柱の距離は柱の位置にかかわらずほぼ一定で、安藤珠希の場合は約16cmです。

押し手の音高を決めるのは柱ではなく指先の力なので、調弦と同じく奏者の耳がそのまま音程になります。雅楽の楽箏では、こうした左手の技法は現在は失われ、右手で弾くだけになっています。

絹糸と化学繊維 — 素材が調弦の安定を左右する

箏の糸は伝統的に絹でした。西口らの論文によれば、1960年にナイロン、1969年にテトロン(ポリエステル繊維の商標)の糸が登場し、養蚕農家の激減や生産者の後継者不足と重なって、良質な絹の箏糸は作られなくなりました。現在は化学繊維の糸が箏糸の9割を占めるとされます。

化学繊維の糸は、気温や湿度の変化に強く切れにくいうえ、価格の面でも有利です。安藤の1989年の論文は、絹の音色は一般に化学繊維より優れているとされる一方で、絹糸は耐久性に乏しく、演奏会のたびに張り替えが必要だと記しています。張り替えは専門の職人の仕事です。

音色と弾き心地の違いを取り戻すため、2010年ごろから徳丸吉彦らのグループが良質な絹糸の生産を復活させる試みを続けています。西口らの論文によれば、耐久性に優れた絹糸はできたものの、かつての絹糸のような弾きやすさと音色を兼ね備えるまでには至っていません。押し手の力の測定は、弾きやすさを客観的に比べる指標づくりの一環でもあります。

素材は調弦の安定にも関わります。安藤は、柱が演奏中の振動や押し手・引き手で少しずつずれること、湿度と温度の変化で糸が伸び縮みして音高が動くことを挙げ、演奏中も柱をたえず直す必要があると書いています。演奏会の曲間に奏者が柱に触れるのは、調子替えだけでなく、こうした狂いを戻す意味もあるわけです。

雨の季節の和室で、窓辺に置かれた箏と、そばの漆の盆に並ぶ替えの絹糸の束と小さな柱の山を描いた静物画
絹糸は音色に優れるとされる一方、耐久性に乏しく張り替えが頻繁になる。現在は箏糸の9割が化学繊維で、絹糸の復活も試みられている

楽箏から十七絃へ — 調弦の仕組みが広げた音域

調弦の考え方は、雅楽の楽箏と近代の多弦箏にも通じています。日本大百科全書によれば、現在の楽箏では平調・黄鐘調・盤渉調・壱越調・双調・大食調の6種の調子が主に用いられ、ここでも柱の配置で調子を作ります。伶楽舎の協力で作られた雅楽の解説サイト「雅楽概説」は、楽箏をラ=430Hzで調弦すると説明しています。

近代に入ると、箏の低音域を補う楽器が生まれます。デジタル大辞泉と世界大百科事典によれば、宮城道雄が1921年に考案した十七絃は、13弦の箏に似た形で長さ約2.1mあり、世界大百科事典は頭部のピンで張力を調節すると記しています。13弦の箏が「同じ張力で長さを変える」楽器だったのに対し、張力の調節機構を持ち込んだ点が目を引きます。

安藤の論文によれば、13弦の箏は一をDに取ると巾まで約2オクターブ半の音域で、一はAまで下げられ、巾はさらに1オクターブ上げることもできます。伝統的な調子はこの幅の中に収まり、十七絃はその下を受け持つ低音楽器として使われてきました。

録音や共演で調弦を伝えるとき

ほかの楽器と合わせる場面では、調弦の知識がそのまま実務になります。どの調子で、一の糸を何の音に取るのか、ラの基準を440Hzにするのか442Hzにするのかが決まらないと、箏の13本は張り直しになります。安藤の測定が示すように、箏の半音やオクターブは平均律と少し違う位置に置かれることがあるので、ピアノやシンセサイザーと重ねる場合は事前の擦り合わせが欠かせません。

箏や十七絃の奏者はミュージシャンを探すから職種で探せます。業務委託の案件として条件を示して募集する場合は仕事を探すに掲載できます。音楽業界の外から初めて演奏や録音を頼む場合の流れは企業の方へにまとめています。

柱の列は、その曲の「設計図」

箏の柱が描く斜めの列は、その曲がどの音階で書かれているかを示す設計図のようなものです。13本の糸を同じ太さと張力にそろえ、柱の位置だけで音を決めるという単純な構造が、平調子・雲井調子・中空調子といった数十の調子の組み替えを可能にしました。

その一方で、半音の幅やオクターブの広げ方、押し手で作る音程は、奏者の耳と指先に委ねられています。安藤が測った「ピアノより狭い半音」は、箏の響きが平均律の外側で組み立てられてきたことを示す一つの手がかりです。

演奏会で曲間に柱を動かす奏者を見かけたら、次の曲の音階がそこで組み立てられていると思って眺めてみてください。調弦の仕組みを知ると、同じ13本の糸から別の音楽が立ち上がる瞬間が聞こえてくるはずです。

参考・出典