インドネシアのガムランは、ゴングや鍵盤打楽器を中心にした合奏と、その楽器の一揃いを指す言葉です。2021年、ユネスコの無形文化遺産保護条約の政府間委員会(第16回)は、ガムランを「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載しました。ユネスコの記載ページは、ガムランが調律・配置・リズムと拍節・演奏について厳密な決まりを持ち、8世紀のボロブドゥール寺院の浮き彫りにもその姿が見られると紹介しています。

ガムランの響きを初めて聴いた人の多くは、ピアノの音階に当てはまらない、少し揺れた音の世界に戸惑います。その理由は「音程が不正確だから」ではありません。音階の分け方そのものが西洋の十二平均律と違い、さらに楽団ごとに固有の音律を持つこと、そしてバリでは2台の楽器をわざとずらしてうなりを作ることが、設計として組み込まれているからです。

この記事では、19世紀の測定から、バリのガムラン49組の記録を分析した2021年の論文、日本大学の研究者らの計測報告までをもとに、ガムランの音律の仕組みをたどります。執筆時点(2026年11月)の情報です。

一揃いで一つの楽器 — 音律が楽団ごとに違う理由

「よその楽器」とは合わせない

西洋のオーケストラでは、奏者が自分の楽器を持ち寄り、A=440Hz前後の共通の基準に合わせて演奏します(基準ピッチの成り立ちはA=440Hzの歴史で扱っています)。ガムランは、この前提を共有していません。

民族音楽学者のウェイン・ヴィターレ(Wayne Vitale)と音響工学者のウィリアム・セサレス(William Sethares)は、2021年の論文で、ガムランを「分けられない一揃い」として説明しています。一つのガムランは同じ材料から作られ、供物と儀礼をともなって一緒に調律・奉納されます。ある楽器だけを隣村に持って行き、別のガムランと混ぜて鳴らすことは、伝統的な考え方にはなじみません。

外の基準がないから多様になる

同じ論文は、この「分けられなさ」が音律の多様さを生んだと見ています。一つのガムランは自分自身と調和していればよく、外部の基準に合わせる必要がないため、地域や儀礼に応じて多くの変種が育ち、その多様さ自体が尊ばれてきたという説明です。

ミシガン大学東南アジア研究センターの2021年の記事も、一つのガムランの音高をそのまま写し取ることは、楽器に宿る精神に対して礼を欠くと考えられていると紹介しています。音律は楽団の「個性」そのものなのです。

スレンドロとペロッグ — 5音と7音の二つの音組織

ララスという考え方

ジャワやバリのガムランの音組織は、ララス(laras。音律・音階を指す語)と呼ばれ、大きくスレンドロ(sléndro)とペロッグ(pélog)の2種類があります。スレンドロは1オクターブを5つの音に分け、隣り合う音の間隔がほぼ等しい音律です。ペロッグは1オクターブに7つの音を置き、間隔が狭いところと広いところが混在します。演奏では7音のうちの5音を中心に使う旋法が組まれます。

ジャワの本格的なガムランは、スレンドロ用とペロッグ用の2組の楽器を並べて一式とすることが多く、2つの音律は楽器ごと別に用意されます。

平均律の物差しで測ると

1オクターブを1,200等分したセント(平均律の半音がちょうど100セントになる単位)で測ると、スレンドロの5つの間隔を単純に均等にした場合は1つあたり240セントで、平均律の全音(200セント)と短3度(300セント)のあいだに落ちます。ピアノの鍵盤のどこにも、この音程はありません。

実際の楽器はさらに幅を持ちます。インドネシア芸術大学スラカルタ校のデア・ルニー・プリマモナ(Dea Lunny Primamona)が、東ジャワ・マゲタン県プランクロンガン村のガムラン2組を測った2022年の論文では、スレンドロの隣り合う音の間隔は最小206セントから最大310セントにわたり、平均は243〜260セントでした。ペロッグでは最小99セント、最大486セントと、半音に近い狭い間隔から長3度を超える広い間隔までが並んでいます。

エンバット — 間隔の取り方の「型」

同じスレンドロでも、どの間隔を広く、どこを狭く取るかには楽団ごとの癖があり、ジャワではこの間隔の取り方の型をエンバット(embat)と呼びます。プリマモナの論文は、調査した2組が「スンダリ」と呼ばれるエンバットで調律されていると報告しています。スレンドロとペロッグは、決まった周波数の一覧ではなく、許容される幅をもった「型」の名前だと考えると分かりやすいでしょう。

西洋の音律の流れは音律の歴史、日本の音階との比較は「日本らしい響き」の正体で扱っています。

測る人たちの130年 — エリスからトスまで

エリスとヒプキンズの音叉

ガムランの音律を西洋の科学で測った最初期の例が、イギリスの音響学者アレクサンダー・J・エリス(Alexander J. Ellis)の研究です。エリスはピアノ製造会社ジョン・ブロードウッド・アンド・サンズのアルフレッド・J・ヒプキンズ(Alfred J. Hipkins)の協力を得て、1884年に英国王立協会の紀要で非和声的な音階の測定を発表しました。ヒプキンズが一揃いの音叉と聴き比べて音高を決め、エリスがそれをセントに換算する分担です。セントという単位は、こうした「西洋の外の音階」を同じ物差しで比べるために体系化されたものでした。

中央の1オクターブだけを測った時代

20世紀に入ると、オランダの音楽学者ヤープ・クンスト(Jaap Kunst)が1949年の『ジャワの音楽』で、ジャワのガムランの各楽器の音域と音高を格子状の図に整理しました。ただしヴィターレとセサレスによれば、クンストは各楽器の一つのオクターブだけを測り、他のオクターブは周波数比2:1で調律されていると見なしていました。

その後、アメリカの民族音楽学者マントル・フッド(Mantle Hood)が1966年にガムラン1組の全楽器を測定しました。インドネシアでもワシスト・スルジョディニングラット(Wasisto Surjodiningrat)らが1972年、ジャワ中部の評価の高いガムラン76組で中音域のサロン(鍵盤打楽器)を測った報告を出しています。作曲家ビル・アルヴス(Bill Alves)がこのデータを図にすると、オクターブのずれがはっきり表れました。

トスの49組

バリについて最も大規模な記録を残したのが、アメリカの民族音楽学者アンドリュー・トス(Andrew Toth、1948〜2005年)です。トスは1975〜76年に、ゴン・クビャール(20世紀初頭に生まれたバリで最も普及した編成)49組のすべての鍵とゴングの音高を測りました。その資料をヴィターレとセサレスが解読し、2021年の論文で数値として復元しています。

対で鳴らす — オンバックと8Hzのうなり

ペンギセプとペングンバン

バリのガムランの最大の特徴は、対の調律です。鍵盤打楽器はほぼすべてが2台一組になっていて、同じ音名の鍵を、一方はわずかに高く(ペンギセプ pengisep)、もう一方はわずかに低く(ペングンバン pengumbang)調律します。2つの音を同時に鳴らすと、周波数の差の分だけ音量が周期的に揺れるうなり(ビート)が生まれます。

この揺れをバリではオンバック(ombak。「波」の意)と呼び、音色の核として積極的に使います。ヴィターレとセサレスは、バリでは完全な同音(1:1の周波数比)は理想とされず、同音こそはっきりうなるべきものだと説明しています。作り手は多くの場合、ペングンバンの鍵の裏に「×」、ペンギセプの鍵の裏に「/」を刻んで区別するといいます。

うなりの速さは毎秒6〜10回

トスの49組のデータでは、対の間のうなりの速さはどのガムランでも毎秒6〜10回(6〜10Hz)の範囲に収まり、一つのガムランの中ではほぼ一定に保たれていました。ゴン・クビャールでは8Hz前後が典型で、職人や奏者はこの対の間隔をプニョロッグ(penyorog)と呼ぶといいます。

日本大学の塩川博義らが2016年に発表した報告も、日本とバリで計測した約90組のガムランについて、うなりの周波数がおおむね5〜10Hzに調律されていたと述べています。同じ報告によれば、作るときは先に高い側(ペンギセプ)の鍵を仕上げ、それを基準に耳でうなりを聴きながら低い側(ペングンバン)を削って合わせます。

昼下がりの工房の床に敷いたござの上で、二本の青銅の鍵盤を両手で持ち上げて打ち合わせ、うなりを聴き比べている職人の手元。脇にはやすりと、仕上げを待つ鍵盤が並んでいる
対になる鍵は、高い側を先に仕上げ、低い側を削りながら耳でうなりの速さを合わせる。バリのゴン・クビャールでは毎秒8回前後のうなりが典型とされる

オクターブは2倍ではない — 一定のうなりが生む伸び縮み

低音でも高音でも同じ速さで揺らす

うなりの速さは「2つの周波数の差」で決まります。低音域で8Hzずらすのと高音域で8Hzずらすのとでは比率がまったく違うため、うなりを全音域で一定にすると、オクターブに影響が出ます。

ヴィターレとセサレスは、低い側を600Hzとし8Hzのうなりを保つ例を示しています。高い側を608Hzにして、その1オクターブ上を1,216Hz(ちょうど2倍)にすると、低い側は1,208Hzになり、600Hzから見て2倍より広いオクターブになります。4つの音を同時に鳴らすと、608Hzと1,208Hzのように2倍より狭い組み合わせも生まれます。トスは1980年の論文で、一定のうなりを保とうとすれば、低音と高音の楽器のオクターブをすべて1,200セントにすることはできないと書いています。

計測値で見るオクターブ

実際の楽器でも、オクターブは伸び縮みしています。塩川らの報告には、沖縄県立芸術大学が所有するゴン・クビャール(1999年製)の鍵の周波数が載っています。最も低い音名「ディン」(1)の値を、オクターブごとに抜き出して比べると、次のようになります(セントは公表された周波数から編集部が計算)。

音域周波数1つ下のオクターブとの間隔
第1オクターブ139.5Hz—
第2オクターブ277.0Hz約1,188セント(狭い)
第3オクターブ565.0Hz約1,234セント(広い)
第4オクターブ1,129.5Hz約1,199セント
第5オクターブ2,236.5Hz約1,183セント(狭い)

1,200セントからのずれは最大で34セントほど、平均律の半音の3分の1にあたります。西洋の調律なら「狂っている」とされる幅ですが、ここでは響きの設計の一部です。

基準の音は誰が決めるのか — 職人、学校、時間

ゴン・クビャールと教育機関

外部の基準がないとはいえ、音の高さが無秩序に散らばっているわけではありません。塩川らは、1912年から2007年までに作られたゴン・クビャール11組の音高を比べています。それによると、11組すべてで最低音「ディン」は西洋の音名でC♯かDの付近にあり、1960年前後までは楽団ごとにさまざまな高さで作られていました。

転機とされるのが、1969年にデンパサールに設立された芸術アカデミーASTI(現在のインドネシア芸術大学デンパサール校)のガムランです。ASTIの新作がカセットテープで広まると、各地の村が同じ高さのガムランを注文し、職人も「ディン」をC♯付近に合わせるようになったと、報告は推測しています。基準は規格ではなく、学校と職人の系譜から生まれたことになります。

青銅は年を取る

ガムランの音律は、完成した時点で固定されるわけでもありません。ヴィターレとセサレスによれば、ガムランに使うスズの多い青銅は、作ってから10〜20年ほどのあいだに内部の結晶構造が落ち着き、多くの音が少しずつ高くなるため、何度か調律し直す必要があります。割れた鍵も、作り直して残りの楽器に合わせます。

同じ論文によれば、いまのバリ南部では分業が進み、鍵盤はブラバトゥ、大きなゴングはジャワのスマランというように、部品ごとに別の村や工房で作られています。長い年月のあいだに多くの調律師の手が入り、ガムランは響きを少しずつ変えながら個性を保ち続けます。

朝の村の鍛冶場を真上から見下ろした様子。炭火の炉、金床、さまざまな形の金槌、木の台に並べられた青銅の鍵盤、少し離れた場所に立てかけられた大小の吊りゴングが配置されている
ガムランは鍵盤・ゴング・木枠などの部品がそれぞれ専門の工房で作られ、最後に一揃いとして調律される。完成後も青銅の性質が落ち着くまで、何度か調律し直される

音色と音階は一体 — 金属の倍音とスレンドロ

倍音が整数倍に並ばない楽器

もう一つ欠かせないのが音色です。弦楽器や管楽器の音は、基音の2倍・3倍・4倍…に倍音が並ぶ「調和的」な構造をしています。3:2の完全5度や5:4の長3度が澄んで聞こえるのは、この倍音同士がよく重なるからです。

一方、金属の板やゴングの倍音は整数倍に並びません。ブリガム・ヤング大学の研究グループはバリのガムランの鍵盤(断面が台形で反った青銅板)の振動を測り、グロッケンシュピールの鍵盤より倍音の周波数比が鍵ごとに大きくばらつき、現れない振動モードもあることを示しました。

音色に合う音階

セサレスは著書『チューニング、音色、スペクトル、音階』(Springer)で、音程が協和して聞こえるかどうかは音程そのものではなく、楽器の倍音の並び(スペクトル)で決まると論じ、両者の関係を「不協和曲線」で示しました。同書はガムランを例に取り上げ、金属打楽器の非調和的な倍音とガムランの音階とのあいだに関係があることを論じています。

この見方に立てば、スレンドロやペロッグは「西洋の音階からずれたもの」ではなく、青銅の音色とともに育った音階だと理解できます。ただし、職人がどのような感覚で音程を決めているかは計測だけでは分かりません。ヴィターレとセサレス自身も、外部の分析が作り手の意図をどこまで捉えられるかは開かれた問いだとしています。

ガムランの音律を作品や仕事に生かすには

ガムランの音律は、5音と7音の音組織、楽団ごとのエンバット、対の楽器が生む6〜10Hzのうなり、伸び縮みするオクターブ、青銅の音色が一体になった仕組みです。一つだけを取り出して平均律の楽器で再現しても、同じ響きにはなりません。

映像作品や舞台、展示、ゲームの音楽でガムランの響きを使いたい場合、サンプル音源を平均律の鍵盤で鳴らすだけでは、うなりやオクターブの伸び縮みが失われがちです。実際の楽器の演奏経験がある奏者や、民族音楽の音律に通じた作曲家・サウンドデザイナーに相談するのが確実です。ミュージシャンを探すでは演奏動画やポートフォリオを見比べられ、演奏・録音・監修の依頼は仕事を探す・掲載するから公開できます。初めて音楽家に発注する場合は、企業の方へのガイドで流れを確認できます。

日本の宮廷音楽の音の高さの決め方は、雅楽の編成と音組織で扱っています。

参考・出典