ベートーヴェンの交響曲第5番を聴き比べたいと思えば、いまは配信サービスで指揮者の名前を並べ替えるだけで、何十種類もの演奏がすぐに見つかります。けれども、この「同じ曲を別の演奏で何度でも聴ける」という体験は、音楽の長い歴史から見ればごく最近のものです。録音が生まれる前、交響曲は演奏会の会場に足を運んだ人だけが、その一晩だけ聴けるものでした。
クラシック音楽は、1曲が数十分におよび、ごく弱い音から大編成の強奏までを含むため、録音媒体の収録時間や音の幅の限界にいつもぶつかってきたジャンルです。
この記事では、1877年の錫箔の蓄音機から、片面4分のSP盤、電気録音、磁気テープとLP、ステレオ、デジタル録音、そして作品名で探す配信サービスまでを、議会図書館や特許文書などの一次資料をもとにたどり、技術が演奏の仕方と聴き方をどう変えたかに注目します。
ラッパに向かって演奏した時代 — 機械式録音と片面4分の壁
録音の歴史は、トーマス・エジソン(Thomas Edison)の蓄音機(フォノグラフ)から語られるのが一般的です。米議会図書館によれば、最初の試作機の完成日として広く知られる1877年8月12日は通説で、実際の完成は11月か12月だった可能性が高く、特許の出願は1877年12月24日でした。回転する円筒に巻いた錫箔に、針で溝を刻む仕組みでした。
その後、録音媒体は蝋管(ろうかん)に改良され、1887年にはエミール・ベルリナー(Emil Berliner)が平らな円盤に渦巻き状の溝を刻む方式を考案します。円盤は型から大量に複製できるため、のちのレコード産業の基礎になりました。
1925年ごろまでの録音は、機械式録音(アコースティック録音。マイクロフォンも増幅器も使わず、音の空気振動だけで溝を刻む方式)でした。演奏者は大きなラッパ状のホーンに向かって演奏し、ホーンの奥の振動板に直結した針が、回転する原盤に溝を刻みます。
このため、オーケストラの録音には多くの工夫が必要でした。弱い音の楽器はホーンの近くに、金管楽器は遠くに配置され、奏者は狭い部屋でホーンを囲むように詰めて座りました。低音が記録されにくいため、コントラバスの代わりにチューバを使ったり、ヴァイオリンの胴の代わりに金属製のラッパで音を前に飛ばす特殊なヴァイオリン(考案者の名からシュトロー・ヴァイオリンと呼ばれます)を使ったりした例が知られています。

もう一つの大きな制約が収録時間です。毎分78回転前後で回るシェラック盤(SP盤)は、12インチ盤でも片面4分台が限度でした。30分を超える交響曲は、楽章の途中で何度も切って複数の面に分けるしかありません。
その中で、1913年11月にアルトゥール・ニキシュ(Arthur Nikisch)がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して録音したベートーヴェンの交響曲第5番は、ベルリン・フィル自身が「交響曲の最初の全曲録音」と紹介している記録です。SP盤8面に分けて発売されたとされます。ただし、それ以前の1910年にも別の楽団による第5番の録音があり、「最初」の定義には議論があります。
複数枚のSP盤を、写真のアルバムのように紙の袋を綴じた冊子に収めて売る形が広まり、これが現在も使われる「アルバム」という呼び名の由来になったとされます。
マイクロフォンが届いた1925年 — 電気録音が変えた音の距離
機械式録音の限界を破ったのは電話と無線の技術でした。米国の電気電子学会(IEEE)の技術史資料によれば、ウェスタン・エレクトリック社は1915年に真空管による実用的な増幅器を作れるようになり、技術者のH. C. ハリソン(H. C. Harrison)とジョセフ・マクスフィールド(Joseph P. Maxfield)が開発した電気録音の方式を1924年に公表しました。
この方式は、マイクロフォンで音を電気信号に変え、増幅器で強め、電磁式のカッターで溝を刻むというものです。ウェスタン・エレクトリック社は自らレコードを作らず、技術をレコード会社に使用許諾しました。最初に採用したのは米国のビクター社とコロムビア社で、1925年に電気録音のレコードが市場に出ます。
電気録音で何が変わったのかは、同じ資料が具体的に書いています。歌手が「s」のような弱い子音を発音しているのが、初めて聞き取れるようになりました。さらに、マイクロフォンのおかげで演奏者はホーンの前に詰めて座る必要がなくなり、ふだんの配置に近い形で広がって演奏できるようになりました。
クラシックにとっては、録音されるのが「ホーンの前に寄せ集めた縮小版のオーケストラ」から「ホールで鳴っているオーケストラ」に近づいたことを意味しました。
一方で、マイクロフォンをどこに何本置くかという新しい判断も生まれ、録音の仕事が「演奏を記録する」ことから「演奏の聞こえ方を設計する」ことへ広がり始めたのはこのころです。マイクロフォンの種類や指向性の違いは、マイクの種類を扱った記事で詳しく紹介しています。
ただし、片面4分台という収録時間の制約は、電気録音になっても変わりませんでした。
磁気テープとLP — 「切ってつなぐ」録音と片面23分の盤
1930年代のドイツでは、磁性体を塗った帯状のテープに音を記録する磁気テープ録音機が実用化されつつありました。1936年11月には、トーマス・ビーチャム(Thomas Beecham)が指揮するロンドン・フィルハーモニー管弦楽団がドイツのルートヴィヒスハーフェンで行った演奏会が磁気テープで録音され、演奏会を磁気テープで記録した最初期の例とされています。
磁気テープは、第二次世界大戦後に録音スタジオの標準になっていきます。最大の変化は、録音した音を切ってつなげられるようになったことです。テープなら、複数回の演奏(テイク)から良い部分を選んでつなぎ、1本の演奏に仕上げることができます。

収録時間の壁を破ったのは、1948年に米国コロムビア社が発表したLP(ロングプレイ)盤です。米議会図書館の資料によれば、同社のエドワード・ウォーラーステイン(Edward Wallerstein)社長が1948年6月にニューヨークのウォルドーフ・アストリア・ホテルでの記者発表で新しい形式を披露し、すぐに販売できると宣言しました。開発はピーター・ゴールドマーク(Peter Goldmark)が率いた技術陣によるものです。
LPは、毎分33と3分の1回転で回る塩化ビニールの盤に、細い溝(マイクログルーヴ)を刻むことで、片面約23分の収録を可能にしました。同じ資料によれば、カタログ番号 ML 4001 の最初のLPは、ナタン・ミルシテイン(Nathan Milstein)の独奏、ブルーノ・ワルター(Bruno Walter)指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲でした。最初の1枚がクラシックだったことは、LPがまず長い曲のための媒体として構想されたことを物語っています。
| 媒体 | 普及した時期 | 片面の収録時間の目安 | 交響曲1曲(約35分)の扱い |
|---|---|---|---|
| SP盤(78回転・12インチ) | 1900年代〜1950年代 | 4分台 | 8面前後に分割 |
| LP盤(33と3分の1回転・12インチ) | 1948年〜 | 約23分 | 両面に収まる |
| CD | 1982年〜 | 1枚で最大74分程度 | 1枚に収まり、余白に別の曲 |
収録時間の目安は媒体や時代によって幅があります。翌1949年には、RCAビクター社が7インチの45回転盤を発表し、短い曲はシングル盤、長い曲はLPという棲み分けが進みます。
二つのスピーカーで空間を描く — 1931年の特許とステレオ盤
録音が「音」だけでなく「空間」を記録するようになるのが、ステレオの登場です。英国のEMI社の技術者アラン・ブラムライン(Alan Blumlein)は、1931年12月14日に、音の方向感を再現する録音・再生方式の特許を出願しました。英国特許第394,325号です。
この特許は70項目もの請求項を持つ長大なもので、二つのマイクロフォンの組み合わせで方向を捉える方法や、左右二つの信号を一本の溝の両側の壁に刻む方式(45/45方式)などを含んでいました。ブラムライン自身はこれを「バイノーラル(binaural)」と呼んでいます。
この45/45方式は、出願から四半世紀を経て、1958年に市販が始まったステレオLPの世界標準になりました。舞台上の楽器の配置が、聴き手の部屋の二つのスピーカーの間に再現されるようになったのです。オーケストラの配置の歴史は、オーケストラの並び方を扱った記事で紹介しています。
ステレオの時代には、録音そのものを一つの作品として作り込む試みも生まれました。よく知られるのが、英国デッカ社のプロデューサー、ジョン・カルショー(John Culshaw)がゲオルク・ショルティ(Georg Solti)指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と1958年から取り組んだ、ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』全曲のスタジオ録音です。ステレオとテープ編集を使えば、客席のどこにも存在しない聞こえ方を作れます。録音は「演奏会の代わり」から離れ始めました。
継ぎはぎは「ごまかし」か — グールドの「録音の将来」
カナダのピアニスト、グレン・グールド(Glenn Gould)は、1964年に演奏会活動をやめ、以後は録音と放送に専念しました。その考えをまとめたのが、米国の雑誌『ハイ・フィデリティ(High Fidelity)』1966年4月号に掲載された論考「録音の将来(The Prospects of Recording)」です。カナダ国立図書館・公文書館が全文を公開しています。
この論考でグールドは、テープの「継ぎはぎ」を肯定的に論じました。例として挙げたのが、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻のイ短調のフーガの録音です。8回録音したうち合格とされた第6テイクと第8テイクは、後で聴き直すとどちらも単調に感じられたといいます。第6テイクは重々しくレガート(音をつなげて弾く奏法)で、第8テイクは軽快なスタッカート(音を短く切る奏法)でした。
そこで二つを組み合わせ、第6テイクから第14小節で第8テイクに切り替え、イ短調に戻るところで第6テイクに戻すという、2か所の継ぎはぎで1本の演奏に仕上げました。グールドは、その結果がスタジオで一度に演奏して得られるどんな演奏よりも優れていたと書いています。
さらにグールドは、現在の形の公開演奏会は1世紀後には存在しなくなり、その役割は電子メディアに引き継がれるだろうと予測しました。演奏会は21世紀のいまも続いています。ただし、録音を「演奏会の記録」ではなく、編集によって作り上げる独立した作品と見る考え方は、現在のスタジオ録音の常識になりました。
一方で、継ぎはぎを多用した録音に対しては、一度の通し演奏が持つ緊張感が失われる、実際には誰も弾いていない演奏を売っている、といった批判も根強くあります。どちらが正しいというより、録音とは何を記録するものなのかという問いに、演奏家や制作者がそれぞれの答えを出しているのだと考えられます。
数字で記録する — PCM録音、CD、作品で探す配信
1970年代に入ると、音を数値の列として記録するPCM録音(パルス符号変調。音の波形を一定の間隔で測り、その値を数字で記録する方式)が実用化されます。国立科学博物館の重要科学技術史資料(未来技術遺産)によれば、日本コロムビアとNHK放送技術研究所が共同開発したレコード原盤用のPCM録音機は、世界初の本格的なものとされ、ビデオテープ録画機(VTR)を記録に使い、最大8チャンネルを録音できました。1972年4月から録音スタジオで使われ始めています。
この装置で同年に録音された初期の作品として、チェコのスメタナ四重奏団によるモーツァルトの弦楽四重奏曲が知られています。
1982年10月には、フィリップス社とソニーが共同で規格を定めたCD(コンパクトディスク)と、その再生機が日本で発売されました。CDは44.1kHz・16ビットのPCM音声を記録し、1枚で最大74分程度を収められます。この74分という長さは、ベートーヴェンの交響曲第9番が1枚に収まるように決められたという逸話が広く知られていますが、開発に関わった技術者の側からは異論も出ており、確かな経緯は分かっていません。44.1kHzという数字の由来は、サンプリング周波数を扱った記事で、古い録音の復刻で雑音をどこまで取り除いてよいかはノイズ除去と修復を扱った記事で解説しています。
配信の時代に入ると、クラシック特有の課題が目立つようになりました。ポップスの配信は「アーティスト名と曲名」で整理されますが、クラシックでは作曲者、作品、楽章、指揮者、楽団、独奏者、録音年がそろわないと、目当ての演奏にたどり着けません。
この課題に応えた例が、2023年3月28日に提供が始まった Apple Music Classical です。Apple の発表によれば、500万曲を超えるカタログを、作曲者・作品・作品番号・指揮者・演奏者・楽器・作品の愛称の組み合わせで検索でき、バッハのBWVやモーツァルトのK(ケッヘル番号)といった作品目録の番号にも対応しています。SP盤の冊子で交響曲を買った時代から約100年を経て、録音は「1枚の盤」ではなく「作品と演奏の組み合わせを示すデータ」として扱われるようになりました。
録音史から見える三つの変化と、現在の録音の仕事
約150年の録音史を振り返ると、技術が変わるたびに三つのことが変わってきたことが分かります。
一つ目は収録時間です。片面4分台のSP盤では交響曲を細切れにするしかなく、片面約23分のLPで楽章を通して聴けるようになり、CDで長い曲が1枚に収まるようになりました。
二つ目は音の距離と空間です。ホーンの前に詰めて座った機械式録音から、マイクロフォンで広がって演奏できる電気録音、二つのスピーカーの間に舞台を再現するステレオへと進むにつれて、録音は演奏会場の響きに近づき、やがて会場にはない聞こえ方まで作れるようになりました。
三つ目は編集の自由です。テープによって演奏を切ってつなげるようになり、デジタル録音によって複製による劣化がなくなりました。グールドが論じたように、録音は演奏会の代わりではなく、独立した作品として作られるようにもなりました。
現在では、クラシックの録音に限らず、ゲーム音楽や映像音楽のオーケストラ収録、演奏動画の制作など、生の楽器を録る仕事は多くの現場にあります。そこでは演奏者に加えて、マイクロフォンを配置し編集を担うエンジニアや、全体の聞こえ方を判断するプロデューサーが協力して一つの音を作ります。どの工程を誰に頼めばよいかを整理したいときは、依頼する側に向けたガイドが参考になります。演奏・録音・編集の経験をもつ人のポートフォリオはミュージシャンを探すページで探せ、単発の案件は仕事の一覧に掲載されています。
どの時代の技術者や演奏家も、「限られた媒体に音楽をどう収めるか」という同じ問いに向き合ってきました。SP盤の復刻と最新の録音を聴き比べると、その答えの違いが聞こえてきます。本記事の内容は、執筆時点(2026年10月)に各機関が公開している資料に基づきます。
参考・出典
- History of Edison Sound Recordings(米議会図書館)
- Mr. Edison's Phonograph — Today in History: August 12(米議会図書館)
- Electrical Recording(IEEE History Center・Engineering and Technology History Wiki)
- Beethoven's Fifth with Arthur Nikisch(Berliner Philharmoniker・Google Arts & Culture)
- Inside the Archival Box: The First Long-Playing Disc(米議会図書館 Now See Hear!・2019年)
- GB394325A: Improvements in and relating to sound-transmission, sound-recording and sound-reproducing systems(Alan Dower Blumlein / EMI・1931年出願)
- The Prospects of Recording — Glenn Gould Archive(カナダ国立図書館・公文書館/初出 High Fidelity 1966年4月号)
- 重要科学技術史資料(未来技術遺産)登録資料: 世界初の録音系デジタル化に関する資料(国立科学博物館 産業技術史資料情報センター・2015年)
- Apple Music Classical is here(Apple・2023年)