録音を聴き返したときに気になる「サーッ」という音、背後で鳴り続ける「ブーン」という唸り、古いレコードの「プチッ」という傷。どれもひとまとめに「ノイズ」と呼ばれますが、生まれる仕組みも、波形やスペクトルの上での現れ方も、取り除く方法もまったく違います。種類を見分けないまま「ノイズ除去」をかけると、雑音は減っても声や楽器の音まで痩せてしまう、ということが起こります。
この記事では、ノイズの種類の見分け方から、1960年代のテープ時代に始まる除去技術の仕組み、機械学習による音声強調、古い録音を修復するときにアーカイブの世界が守っている原則、修復を依頼するときの段取りまでを順に見ていきます。スペクトログラム(音を時間と周波数の図に展開したもの)の基礎は 波形を読む技術 で扱っています。
ノイズは一種類ではない — 鳴り方で4つに分ける
修復の第一歩は、ノイズを「時間の上でどう鳴っているか」と「周波数の上でどこにいるか」で分類することです。実務でよく出会うものは、おおむね次の4つに分けられます。
| 種類 | 聞こえ方 | 時間の上の性質 | 周波数の上の性質 | 主な原因 |
|---|---|---|---|---|
| ヒス(hiss) | サーッ | ずっと一定に鳴る(定常) | 広い帯域に薄く広がる | テープの磁性体、マイクやアンプの電子回路の熱雑音 |
| ハム(hum) | ブーン | 一定に鳴る(定常) | 電源周波数とその整数倍に集中 | 電源の漏れ、グラウンドループ(機器間のアースの回り込み) |
| クリック・クラックル | プチッ、パチパチ | 一瞬だけ鳴る(衝撃的) | 広い帯域に一瞬だけ広がる | レコード盤の傷やほこり、デジタル転送のエラー |
| 環境音 | 空調、車、話し声 | 変化する(非定常) | 声や楽器と重なる | 録音した部屋や屋外の音 |
ヒスとハムのように時間がたっても性質が変わらないノイズは、どこか一か所で特徴を測れば、残りの区間でも同じものが鳴っていると見なせます。これが後で触れるスペクトル減算の前提です。一方、クリックは一瞬で終わるため、「どの瞬間が傷か」を見つけて、その部分だけを直す方法が向いています。
いちばん厄介なのは環境音です。通り過ぎる車や人の話し声は刻々と変わり、しかも声や楽器と同じ周波数帯に重なるため、長いあいだ修復の難所とされてきました。機械学習による手法が最も効果を上げたのは、この領域です。
ハムには日本特有の事情もあります。商用電源の周波数が東日本ではおおむね50Hz、西日本では60Hzに分かれているため、唸りの基本の高さが地域で異なります。実際のハムはその2倍・3倍といった整数倍の成分(倍音)を伴うことが多く、スペクトルの上では等間隔に山が並びます。
録る前に減らす — テープのヒスと1965年のドルビー
ノイズ対策の歴史は「録った後に消す」よりも先に、「録る段階で目立たなくする」ところから始まりました。その代表が、アメリカ出身の物理学者・技術者レイ・ドルビー(Ray Dolby)による雑音低減方式です。
スタンフォード大学図書館が所蔵するドルビーの文書群の解説によると、ドルビーは1965年にロンドンでドルビーラボラトリーズを設立し、業務用の録音向けに A タイプと呼ばれる雑音低減方式を開発しました。最初の顧客はイギリスのレコード会社デッカで、装置は A301 という型番で納入されました。その後、1967年の提案をきっかけに家庭用機器向けの方式に取り組み、これが B タイプとなって、1970年に B タイプを積んだカセットレコーダーが登場しています。
この方式の基本的な考え方は、コンパンダー(compander、圧縮と伸張の組み合わせ)です。テープのヒスは録音した音の大小にかかわらず一定の大きさで加わるため、目立つのは音楽が小さい箇所です。そこで、記録する前に小さな音だけを持ち上げてテープに書き込み、再生するときに同じ分だけ下げて元に戻します。すると、音楽は元の大きさに戻る一方で、テープが後から加えたヒスは一緒に押し下げられ、聞こえにくくなります。
この方式は録音と再生の両方で対になって働くため、記録時の処理を知らずに再生すると、持ち上げられた小さな音がそのまま聞こえて不自然になります。古いテープをデジタル化するとき、どの方式で録られたかを箱の表示などから確かめるのはこのためです。
ハムも、まず録る段階での対策が基本です。機器の電源を同じ系統からとる、バランス接続(2本の信号線で雑音を打ち消し合う接続方式)を使う、といった工夫で多くは防げます。録ってしまったハムは、電源周波数とその整数倍だけを細く削るノッチフィルター(特定の周波数だけを狭く落とすフィルター)を並べて減らすのが定石ですが、低音楽器と重なる帯域なので、削りすぎるとベースの芯も痩せます。
引き算で消す — スペクトル減算と「ミュージカルノイズ」
録ってしまった定常ノイズを後から減らす方法として、デジタル信号処理の時代に広く使われるようになったのがスペクトル減算(spectral subtraction)です。その出発点としてよく引用されるのが、ユタ大学のスティーブン・ボール(Steven F. Boll)が1979年に IEEE の論文誌に発表した論文「スペクトル減算による音声中の音響雑音の抑圧」です。
考え方は単純です。音を短い区間ごとに周波数の成分へ分解し、声が入っていない区間からノイズだけの周波数成分(ノイズプロファイル)を測っておきます。そのうえで、各区間の周波数成分からノイズの分を差し引き、波形に戻します。ボールの論文は、ヘリコプターの機内のような騒音下で録られた音声を対象に、この方法と、差し引いた後に残る雑音をさらに抑える補助的な処理を組み合わせて評価しています。
多くの音声編集ソフトが「ノイズだけの部分を選んで学習させてから全体に適用する」という手順をとるのは、この考え方によるものです。録音の前後に部屋の音だけの区間を数秒残しておくと修復しやすいのも同じ理由です。
引きすぎると、雑音が「鳴る」
ノイズは平均すれば一定でも、短い区間ごとには大きさが揺らいでいます。平均値を一律に差し引くと、たまたま平均より大きかった周波数だけが削り残され、区間ごとにばらばらに現れては消えます。その結果、水の中で小さな鈴が鳴るような人工的な音が残ります。この副産物は「ミュージカルノイズ」と呼ばれます。
この問題に統計的な推定で取り組んだ代表的な研究が、イスラエル工科大学(テクニオン)のヤリブ・エフライム(Yariv Ephraim)とダヴィッド・マラー(David Malah)による1984年の論文です。音声とノイズの周波数成分をそれぞれ独立した確率的な量とみなし、平均二乗誤差が最小になるように音声の大きさを推定する方法を示しました。一律に引き算するのではなく、ノイズに埋もれていそうな成分ほどなめらかに抑えるため、残留ノイズが耳障りになりにくい方式として、その後の研究で繰り返し参照されています。
実務での教訓は、消す量を欲張らないことです。ノイズを半分ほどに減らすだけなら副産物はほとんど目立ちませんが、ゼロに近づけようとすると、声の子音や楽器の余韻まで削られ、ミュージカルノイズが顔を出します。
一瞬の傷を埋める — クリック除去と補間
レコード盤の傷やほこりによるクリックは、ヒスとは逆に、ほんの数ミリ秒のあいだだけ大きな値が波形に乗る種類のノイズです。周波数の上で引き算をすると、その瞬間の音楽ごと削ってしまうため、時間の上で傷の位置を見つけ、その部分だけを推定した値で置き換えるという方法がとられます。
この分野の基本文献として知られているのが、ケンブリッジ大学のサイモン・ゴッドシル(Simon Godsill)とピーター・レイナー(Peter Rayner)による1998年の著書『Digital Audio Restoration』です。副題に「統計モデルにもとづく手法」とあるとおり、音楽の波形を統計的なモデルで表し、そこから外れた点を傷として検出する手法を体系的にまとめています。
よく使われるのは、自己回帰モデル(AR モデル、直前のいくつかのサンプルから次のサンプルを予測する式)を使う方法です。音楽の波形は短い時間ならかなり正確に予測できますが、クリックの部分では予測が大きく外れます。予測の誤差が急に大きくなった点を傷と判定し、前後の正常なサンプルから、もっともらしい波形を計算して埋めます。この「埋める」処理を補間と呼びます。
補間は「推測」であることを忘れない
補間で埋めた数ミリ秒は、元の録音に記録されていた音ではなく、前後から計算した推測です。傷が短く、まばらなら、推測は元の音とほとんど区別がつきません。しかし傷が長かったり、打楽器のアタック(音の立ち上がり)のように予測しにくい瞬間に重なったりすると、本来あった鋭い立ち上がりが丸められることがあります。
検出の感度を上げすぎると、カスタネットのような本物の「一瞬の大きな音」まで傷と誤判定して丸めてしまいます。設定は傷の残り具合だけでなく、本来の鋭い音が残っているかを聴いて決めます。波形の頭が平らに切れた状態(クリッピング)を直すデクリップも同じ補間の考え方で、大きく潰れた音を元どおりに戻せるわけではありません。

機械学習で声と雑音を分ける — 2017年以降の音声強調
2010年代後半から、ノイズ除去は機械学習によって大きく変わりました。大量の「きれいな音声」と「雑音」を合成して学習させることで、非定常な環境音のように、従来の信号処理では扱いにくかった雑音も減らせるようになったのです。
早い時期の例として知られるのが、Mozilla のジャン=マルク・ヴァラン(Jean-Marc Valin)が2017年に発表した RNNoise です。この方式は、すべてをニューラルネットワークに任せるのではなく、周波数を人の聴覚に合わせた帯域に分け、帯域ごとにどれだけ音を残すか(ゲイン)だけをネットワークに推定させます。声の倍音の間に残る雑音は、従来型のピッチフィルター(声の高さに合わせて倍音の間を抑えるフィルター)で処理します。論文は、従来の統計的推定より高い品質を、低消費電力の処理装置で48kHz のまま実時間で動かせる計算量で実現したと報告しています。
2020年には、Facebook AI Research(当時)のアレクサンドル・デフォセ(Alexandre Défossez)らが、波形そのものを入出力し、ノートパソコンの CPU で実時間に動くモデルを発表し、部屋の残響まで減らせるとしています。同じ年に Microsoft のチームが開いた競技会「Deep Noise Suppression Challenge」は大規模なデータセットを公開する一方、合成データで良い成績のモデルが実際の録音では性能を大きく落とすことも報告しています。
音楽の修復に使うときの注意
ここで挙げた研究の多くは通話向けの音声を対象にしており、声以外を「雑音」として学習しています。音楽に使うと、ギターの余韻やブレス(息継ぎ)まで削られたり、元の録音には無かった音を描き足したりするおそれがあります。
音楽で機械学習を使った修復の象徴的な例が、ザ・ビートルズが2023年11月2日に発表した「Now And Then」です。ジョン・レノン(John Lennon)が1970年代後半に自宅でピアノを弾きながら歌ったデモは、1990年代には声とピアノを分離できず、作業が棚上げされていました。映画監督ピーター・ジャクソン(Peter Jackson)のチームが映像作品のために開発した音源分離の技術で声を取り出したことで、完成に至ったと伝えられています。音源分離の仕組みは 波形を読む技術 の音源分離の節で解説しています。
どこまで直してよいか — アーカイブが守る「無改変の転写」
ノイズ除去の技術が強力になるほど、「どこまで直してよいのか」という問いが重くなります。この点について明確な原則を示しているのが、国際音声・視聴覚アーカイブ協会(IASA)の技術委員会がまとめた指針「IASA-TC 03 音声遺産の保護:倫理、原則および保存戦略」です。ここでは2005年12月の第3版にもとづいて紹介します(2017年に第4版が出ています)。
第3版の第8節は、古い媒体から新しい保存形式へ移すときは、ノイズ除去のような主観的な改変や「改善」を加えずに転写することを必須としています。理由として、意図された音だけが録音の内容ではなく、当時の録音技術の限界や、後の取り扱いで加わったクリックのような意図しない雑音やひずみも、記録の一部であると述べています。どちらも最大限正確に残すべきだというのが指針の立場です。
そのうえで指針は、主観的な処理は利用者向けのアクセス用コピーにだけ施すべきであり、保存用の転写では取り返しのつかない処理を避けるよう求めています。また、転写に使った機器や設定、手順をすべて記録することを不可欠としています。さらに第10節の解説では、アナログの原本について最低でも48kHz・24bit での転写を推奨し、雑音のような「意図しない部分」まで良い品質で転写しておけば、将来アクセス用コピーを作るときにデジタル処理で取り除きやすくなる、と説明しています。
この考え方は制作の現場にもそのまま当てはまります。処理前のファイルを必ず残し、処理後は別のファイルとして書き出すことが基本で、技術が進んでやり直したくなったときの選択肢が大きく変わります。転写の解像度の選び方は サンプリング周波数とビット深度 にまとめています。

修復を頼むときの段取り — 元の音を残し、目的を伝える
最後に、ノイズ除去や修復を外部に依頼するとき、あるいは依頼を受けるときに押さえておきたい点を整理します。
まず渡すべきものは、一切処理していない元のファイルです。すでに軽くノイズ除去をかけたファイルや、MP3 などの非可逆圧縮(聞こえにくい成分を捨てて容量を減らす方式)を経たファイルから作業すると、圧縮で生じた副産物とノイズが絡み合い、きれいに分けられなくなります。IASA の指針も、保存の目的では非可逆圧縮の形式を使うべきではないとしています。手元にあるいちばん元に近いファイルを、そのままの形式で渡すのが確実です。
次に、用途と優先順位を伝えます。配信用の楽曲か、映像の台詞か、記録として残す古い音源かで、どこまで削ってよいかは変わります。「雑音が残っても自然さを優先」か「質感が変わっても聞き取りやすさを優先」かを共有しておけば、作業者は迷わずに済みます。修復後の音量をそろえる工程は マスタリングは何をしているのか で扱っています。
修復で最も効果が大きいのは、実は録る前の対策です。空調を止める、パソコンのファンから離れるといった基本は ボーカル録音の発注 でも触れたとおりで、後からの修復の手間を大きく減らします。
ノイズ除去や音の修復を引き受けられるエンジニアは、職種やジャンルで絞り込める ミュージシャンを探す から探せます。修復の範囲や納品形式を明記した業務委託の案件は 仕事を探す に掲載でき、音楽業界の外から初めて音の仕事を依頼する企業向けには 企業の方へ で進め方をまとめています。
ノイズ除去は、雑音を「消す」技術であると同時に、何が雑音で何が音楽なのかを判断する作業でもあります。ヒスもハムもクリックも、時代の録音技術や媒体の来歴を物語る痕跡です。消す量を欲張らず、元の音を残し、何をどれだけ処理したかを記録しておく。この三つを守れば、技術がさらに進んだときにも、もう一度より良い形で直す道が残ります。
参考・出典
- Suppression of acoustic noise in speech using spectral subtraction(Steven F. Boll・IEEE Transactions on Acoustics, Speech, and Signal Processing 第27巻2号、1979年)
- Speech enhancement using a minimum-mean square error short-time spectral amplitude estimator(Yariv Ephraim, David Malah・IEEE Transactions on Acoustics, Speech, and Signal Processing 第32巻6号、1984年)
- Digital Audio Restoration: A Statistical Model Based Approach(Simon J. Godsill, Peter J. W. Rayner・Springer、1998年。ケンブリッジ大学の書籍ページ)
- IASA-TC 03 The Safeguarding of the Audio Heritage: Ethics, Principles and Preservation Strategy(International Association of Sound and Audiovisual Archives・第3版2005年、第4版2017年)
- Guide to the Ray Dolby Papers(Stanford University Libraries / Online Archive of California)
- A Hybrid DSP/Deep Learning Approach to Real-Time Full-Band Speech Enhancement(Jean-Marc Valin・arXiv、2017年初出・2018年改訂)
- Real Time Speech Enhancement in the Waveform Domain(Alexandre Défossez, Gabriel Synnaeve, Yossi Adi・Interspeech 2020)
- The INTERSPEECH 2020 Deep Noise Suppression Challenge: Datasets, Subjective Testing Framework, and Challenge Results(Chandan K. A. Reddy ほか・arXiv、2020年)
- The Beatles Announce Release Of Final Song 'Now And Then'(uDiscover Music・2023年10月)
- The Beatles Release Their Last Song, 'Now and Then,' With Help From A.I.(Smithsonian Magazine・2023年11月)