尺八の音を聞くと、多くの人は「息の音が聞こえる笛」という印象を持ちます。澄んだ音の中にかすれや風の音が混じり、一つの音がゆっくり下がったり、揺れながら持ち上がったりする。フルートやリコーダーと同じく息で鳴らす笛なのに、聞こえ方はまるで違います。
楽器そのものは驚くほど単純です。竹の根に近い部分を切り出した一本の筒に、表に4つ、裏に1つの指孔(ゆびあな)を開け、上端を斜めに削って吹き口にしただけ。キーもリードもありません。その単純さが、かえって奏者の息と顔の動きを音に直接映す仕組みになっています。
この記事では、辞典類の記述から尺八の寸法と歴史を整理し、日本と海外の音響学の研究をもとに「歌口で何が起きているか」「顎の角度でなぜ音が曲がるのか」「押さえる孔を増やすと音が上がることがあるのはなぜか」をたどります。最後に、竹の内側の仕上げ方が音色を分けている点を見ていきます。
一尺八寸の竹 — 寸法と各部の名前
尺八という名前は、標準的な管の長さ「一尺八寸」に由来します。デジタル大辞泉や改訂新版 世界大百科事典は、その長さを約54.5センチとしています。なお日本大百科全書(ニッポニカ)は、名称のもとになった唐代の律尺では一尺八寸が約43.7センチにあたると説明しており、「一尺八寸」がどの物差しによるものかは時代によって異なります。
材料は真竹(まだけ)で、現在の尺八(普化尺八)は竹の根に近い部分を使います。世界大百科事典によれば、管の中ほどの外径は3.5〜4センチ、内径は上端で約2センチ、下端で約1.5センチ。内側は下に向かって細くなる「逆円錐管」です。
吹き口は歌口(うたぐち)と呼ばれます。管の上端の前側を斜めに削り取り、弧を描く鋭い縁を作ったもので、唇をこの縁に直接当てて吹きます。縁の補強に水牛の角や象牙を埋め込むことがあり、その形は流派によって異なるとされます。
指孔は表に4つ、裏に1つの計5孔です。下の孔から順に開けていくと音が上がっていきます。全部の孔を閉じたときの最低音を筒音(つつね)と呼び、管の長さで決まります。尺八には一尺三寸前後から三尺前後まで一寸刻みのさまざまな長さがあり、一寸(約3センチ)長さが違うと筒音がほぼ半音ずれる移調楽器です。
| 管の呼び名 | 長さ(目安) | 一尺八寸管との筒音の差(目安) |
|---|---|---|
| 一尺六寸管 | 約48.5センチ | 約2半音高い |
| 一尺八寸管 | 約54.5センチ | 基準 |
| 二尺一寸管 | 約63.6センチ | 約3半音低い |
| 二尺四寸管 | 約72.7センチ | 約6半音低い |
表の長さは一寸を約3.03センチとして換算し、音の差は「一寸でほぼ半音」という辞典の説明から求めた目安です。実際の管は内径や孔の位置で調整されるため、長さだけで音高が正確に決まるわけではありません。

歌口で何が起きているか — 息の流れと両端の開いた管
尺八もフルートもリコーダーも、音の出し方の原理は共通しています。唇のすき間から出た細い息の流れ(ジェット)が鋭い縁に当たり、縁の内側と外側に交互に振り分けられる。その揺れが管の中の空気柱を共鳴させ、空気柱の共鳴が今度はジェットの揺れを引き込んで、一定の高さの音として安定します。
オーストラリアのニューサウスウェールズ大学のジョー・ウルフ(Joe Wolfe)とジョン・スミス(John Smith)は、2000年の米国音響学会で尺八の測定結果を発表しました。それによると、尺八は他の笛と同じく、息を吹き込む位置で管が外気に開いているため、音響インピーダンス(空気の押しにくさを周波数ごとに表したもの)が小さくなる周波数で鳴ります。孔の開け閉めでこの周波数の並びが変わり、出る音が決まるという仕組みです。
同じ指で1オクターブ上が出る理由
尺八の管は、歌口の側も下端も外気に開いています。両端の開いた管では、基本の振動の2倍、3倍、4倍……と整数倍の共鳴がそろって並びます。息を速く鋭くすると、同じ指使いのまま2倍の共鳴に乗り移り、ちょうど1オクターブ上の音が出ます。
世界大百科事典は、尺八の第1オクターブを呂(りょ、乙とも)、第2オクターブを甲(かん)と呼び、甲は同じ指使いで息を鋭くした2倍音で得ると説明しています。さらに上の大甲(だいかん)は3倍音・4倍音を使い、全体の音域は約2オクターブ半とされます。
片側が閉じた管(クラリネットのように、吹く側がリードでふさがれた管)では、共鳴が奇数倍に偏り、同じ指で吹き上げると1オクターブ半上に飛びます。尺八が「同じ指でオクターブ」という素直な構造を持つのは、両端が開いた単純な筒だからです。
唐の笛から虚無僧の笛へ — 尺八の歩み
尺八の起源は中国・唐にあります。日本音楽学会の『音楽学』に2013年に掲載された明土真也の論文「法隆寺と正倉院の尺八の音律」は、尺八が唐の呂才(600年頃〜665年)の考案と伝えられることを紹介したうえで、法隆寺と正倉院に残る尺八の管の長さと音律を分析しています。
古代尺八 — 正倉院に残る6孔の笛
奈良時代に伝わった古代尺八は、表5孔・裏1孔の計6孔でした。日本大百科全書によれば、正倉院に8管、法隆寺に1管が現存します。雅楽の楽器として使われましたが、平安中期の10世紀末ごろに途絶えたとされます。明土の論文は、正倉院の尺八は古代中国の律管(音の高さの基準にした12本の管)に応じて長さが変わり、音律が安定した型であると結論づけています。
一節切と普化尺八
室町時代には、節を一つだけ含む短い縦笛一節切(ひとよぎり)が流行しました。精選版日本国語大辞典は、世阿弥の芸談をまとめた『申楽談儀』(1430年)にすでに記述があるとしています。ブリタニカ国際大百科事典によれば、一節切は17世紀末に最も栄え、19世紀に入って衰えました。
現在の尺八の直接の祖先は、16世紀末ごろに現れたとされる普化尺八(ふけじゃくはち)です。禅宗の一派である普化宗の僧、虚無僧(こむそう)が、托鉢(たくはつ、家々を回って施しを受ける修行)のときに吹いた笛です。普化宗は下総の一月寺と武蔵の鈴法寺を本山とし、1614年(慶長19年)の幕府の掟書では虚無僧になれるのは武士に限るとされました。
宗教の楽器から合奏の楽器へ
普化宗は明治4年(1871年)に廃止されます。尺八は宗教上の道具という立場を失い、箏・三味線と合奏する三曲合奏へ活路を見いだしました。日本大百科全書は、この時期から尺八だけの曲を本曲(ほんきょく)、他の音楽に加わって吹く曲を外曲(がいきょく)と呼び分けるようになったとしています。
流派では、江戸の黒沢琴古(初世・1710〜1771年)が18世紀中ごろに各地の曲を整理して30曲余りの本曲を定め、その系譜が普化宗廃止後に琴古流として確立しました。1896年(明治29年)には初世中尾都山が大阪で都山流を興しています。箏と合わせる場面が増えたことは、後に見る「地塗り」の普及とも関わっています。箏の調弦の仕組みは箏の調弦、三味線の構造は三味線の構造と音の記事で扱っています。
メリ・カリ — 顎の角度で音を曲げる
尺八の音を特徴づける最大の技法がメリとカリです。世界大百科事典の説明では、唇と歌口のすき間の具合を変えて音高を微妙に上下させる操作で、顎を引くと音が下がり(メリ)、顎を出すと音が上がり(カリ)ます。日本大百科全書は、メリ込み・スリ上げ・ナヤシといった、音を滑らかにずらす奏法にも使われると記しています。
なぜ顔の動きで音が下がるのか
前述のウルフとスミスは、管だけの音響インピーダンスを測ったうえで、奏者の顔が歌口を覆う効果を別に測り、両者を合わせて楽器全体の応答を求めました。管は切り開いたプラスチック製の尺八を使い、計測のための装置を管の中に入れています。
その結果、唇と顔が歌口の開いた部分を覆うほど、共鳴の周波数が下がることが確かめられました。管の開いた端をふさぎ気味にすると、空気が管から出入りしにくくなり、管が実際より長くふるまうためです。研究者たちは、この下がり幅が、奏者が経験的に知っている「どこまで音を下げられるか」とよく合うとしています。
ウルフらは、この効果が西洋のフルートよりはるかに大きい理由として、尺八の吹き口が管の端そのものに開いている点を挙げています。フルートの吹き口は管の側面にあり、短い「煙突」状の穴と、吹き口より上側の短い空洞を持ちます。尺八にはそのどちらもないため、顔の位置の変化が共鳴に直接効くのです。
音高と一緒に音色も変わる
メリの音は、単に低いだけでなく、こもった暗い響きになります。ウルフらの測定は、顔の覆い方によって共鳴の深さや並び方が変わることを示し、メリ・カリの音の音色の違いの一部をこれで説明できるとしています。
さらに尺八では、指孔を半分だけふさぐ、指をかざして孔の上の空気を遮るといった操作を組み合わせます。同じ高さの音を別の指使いで出す「同音異奏」もあり、奏者は音高だけでなく音色を選んで吹き分けています。音が揺れ、陰影が変わることが、尺八では「音程の乱れ」ではなく表現の中心です。日本の音階と、平均律に収まらない音の扱い方は日本の音階と地域の音楽の記事でも触れています。
押さえると音が上がる — クロスフィンガリングと音律異常
指孔のある笛では、開けた孔より下の孔をふさぐクロスフィンガリング(飛び飛びに孔をふさぐ指使い)で、半音などの中間の音を作ります。一般には、開いた孔の下をふさぐと管が「長く」ふるまい、音は下がると考えられてきました。
ところが尺八では、第2オクターブ(甲)でクロスフィンガリングを使うと、逆に音が上がることがよくあります。九州大学の吉川茂と梶原和恵は、2015年に日本音響学会の英文誌 Acoustical Science and Technology でこの現象を「音律異常(intonation anomaly)」として分析しました。
上と下の管が「入れ替わる」
吉川らは、5孔の尺八で通常の指使いとクロスフィンガリングを比べ、管に沿った圧力の定在波(その場で振動を繰り返す波)と、歌口から見た共鳴の特性を測りました。開いた孔を境に管を「上の管」と「下の管」に分けて考えると、それぞれが自分の共鳴を持っています。
音律異常が起きるとき、上下二つの管の共鳴が入れ替わるように切り替わり、管全体としてより高い共鳴の型に乗り移っていることが分かりました。吉川らは、この切り替わりを物理学のランダウ・ツェナー効果(二つの状態が近づいたときに起きる遷移)になぞらえて一般化しています。
足立整治は2017年の同誌の論文で、開いた一つの孔をはさむ上下の管を、孔でつながった二つの共鳴器として扱う単純なモデルを示しました。つながった系には、元の共鳴より低い型と高い型の二つが現れます。下の管の共鳴が上の管より低いか同じで、高い型の共鳴が十分に強いとき、高い型が鳴って音が上がるという説明です。
1,200年前の笛にもあった問題
この性質は古い尺八の設計にも表れます。吉川らの2010〜2011年度の科研費研究は、正倉院尺八の7番目の運指(3番目と6番目の孔を開けるクロスフィンガリング)に問題があったことを示しました。正倉院尺八を吹くときの歌口の補正長さ(開いた端で空気が管の外まで振動に加わる分の、見かけ上の長さの延長)を、昭和期の実測データと計算の照合から推定した吉川の研究もあります。
孔の位置や大きさが同じでも、指使いの組み合わせ次第で音が上下どちらにも外れうる。尺八の奏者が指使いと顎の角度を細かく組み合わせて音程を取るのは、こうした管の性質と付き合うためでもあります。
地無しと地塗り — 竹の内側が音色を分ける
同じ寸法の尺八でも、竹の内側の仕上げ方で性格が大きく変わります。日本大百科全書は、尺八を地無し(じなし)と地塗り(じぬり)に分けて説明しています。
| 種類 | 内側の仕上げ | 向くとされる音楽 |
|---|---|---|
| 地無し尺八 | 内側を磨かず、抜いた節の一部が凸状に残る自然な状態 | 古典本曲 |
| 地塗り尺八 | 内側を磨き、砥の粉や石膏で下地を作って漆で仕上げる | 三曲合奏・現代曲 |
地塗りは、竹ごとにばらつく内径を「地」と呼ぶ下地で埋めて整え、音色と音量を均質にする技術です。箏や三味線と合奏し、決まった音高に合わせる必要が増えたことで、安定した音程と大きな音量を得やすい地塗りの尺八が広まりました。
残された節が生む「複雑な響き」
一方、虚無僧が吹いた古典的な尺八は地無しで、竹の自然な内側の形を生かし、節を残して作られていました。吉川は大阪芸術大学の志村哲と、2013〜2014年度の科研費研究「虚無僧尺八の音響的・社会学的デザインに関する研究」でこの構造を調べています。
研究成果の概要によれば、第4指孔の上にある第2節を境に、その上と下で内径の形が幾何学的に異なっていました。この第2節を残すことが、低音域と高音域の音色の違い、つまり複雑で多彩な響きを生んでいると考えられています。虚無僧尺八では第2・第3指孔の位置が高めで、音を滑らかに曲げる技法や運指が現代の尺八より行いやすいことも示唆されました。
さらに、2010〜2011年度の研究では、江戸・明治期の名だたる古い尺八が、竹の節の残し方によって音律をよく整えていたことが示されたとされます。地無しの尺八は「未完成の楽器」ではなく、節という竹の構造そのものを調律の道具として使っていたと見ることができます。

尺八の音を録る・頼むとき
尺八の音は、澄んだ成分と息の雑音が混じり合ってできています。日本大百科全書が特殊な奏法として挙げるムラ息やコミ吹きのように、息の音そのものを表現に使う技法もあるため、録音ではマイクの距離と向きで「息をどこまで拾うか」が音の印象を大きく左右します。マイクの種類と使い分けはマイクの種類と選び方の記事で整理しています。
使う管の長さで筒音が変わるため、他の楽器と合わせる曲では、どの長さの尺八を使うかを事前に奏者と確認しておくと進行がずれにくくなります。尺八の奏者はミュージシャンを探すから職種で探せます。映像・イベントの仕事として条件を示して募集する場合は仕事を探すに業務委託の案件を掲載でき、音楽業界の外から初めて演奏や録音を頼む流れは企業の方へにまとめています。
竹の筒と息と顔がつくる音
尺八の音の秘密は、キーもリードもない「両端の開いた竹の筒」という単純さにあります。歌口の縁で揺れる息が管の空気を鳴らし、両端が開いているから同じ指でオクターブが出る。吹き口が管の端そのものにあるから、顎を引くだけで共鳴が下がり、メリの暗い音が生まれます。
一方で、孔の組み合わせによって音が予想と逆に上がる音律異常や、竹の節を残すか塗り込めるかで変わる音色のように、単純な筒だからこそ管の内側の形が音に直接表れます。音響学の研究は、奏者と製管師が経験で扱ってきたこうした性質を、測定と計算で少しずつ説明できるようになってきました。
次に尺八の演奏を聞くときは、音が下がる瞬間の音色の暗さや、息の音が混じる加減に耳を向けてみてください。それは楽器の欠点ではなく、竹の筒と奏者の顔が一緒になって鳴らしている音です。
参考・出典
- 尺八(デジタル大辞泉・改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書・百科事典マイペディア・精選版日本国語大辞典・ブリタニカ国際大百科事典ほか)(コトバンク)
- 尺八(改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)(コトバンク)
- 普化宗(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書ほか)(コトバンク)
- 法隆寺と正倉院の尺八の音律(明土真也/『音楽学』59巻1号・日本音楽学会・2013年)
- Shakuhachi acoustics (ASA/NOISE-CON 2000 popular version of paper 3aMU2)(Joe Wolfe・John Smith/Acoustical Society of America・2000年)
- Cross fingering and associated intonation anomaly in the shakuhachi(Shigeru Yoshikawa・Kazue Kajiwara/Acoustical Science and Technology 36巻4号・2015年)
- Resonance modes of a flute with one open tone hole(Seiji Adachi/Acoustical Science and Technology 38巻1号・2017年)
- 正倉院尺八吹奏時の歌口端補正長さの推定(吉川茂/情報処理学会 研究報告 音楽情報科学 2011-MUS-89・2011年)
- 楽器の設計変遷と音響的基礎:正倉院尺八から現代尺八まで(KAKEN 22652018)(研究代表者 吉川茂・2010〜2011年度)
- 虚無僧尺八の音響的・社会学的デザインに関する研究(KAKEN 25560008)(研究代表者 吉川茂・2013〜2014年度)