音楽の制作を頼むと、最後に必ず「どの形式で受け取りますか」という確認があります。「WAV でお願いします」「確認用は MP3 で」と答えるのは半ば習慣になっていますが、なぜ WAV なのか、FLAC ではいけないのか、MP3 と AAC は何が違うのかを、一つずつ説明できる人は多くありません。

形式の選び方を誤っても、その場ではほとんど気づきません。動画に合わせたら音が少しずれる、配信サービスに受け付けられない、修正を頼もうにも手元に圧縮済みのファイルしかない。困るのは後になってからで、どれも納品の時点で一行書いておけば防げたことです。

この記事では、四つの形式を「入れ物」と「中身」に分けて整理し、それぞれの規格が何を決めているのかをたどります。そのうえで、配信サービスや動画サイトが公式に求めている条件を確認し、発注書にどう書けばよいかまでを考えます。数値は執筆時点(2026年10月)の公式資料に基づいています。

四つの形式は「入れ物」と「中身」で分けて考える

最初に、混同されやすい二つの言葉を区別しておきます。コンテナ(ファイルという入れ物の構造)と、コーデック(音のデータをどう表現・圧縮するかの方式)です。拡張子が示しているのは主にコンテナのほうで、同じ「.m4a」でも、中身が非可逆の AAC のこともあれば、可逆圧縮の ALAC(Apple Lossless)のこともあります。

中身の側は、大きく三つに分かれます。

一つ目は非圧縮の PCM(パルス符号変調。一定の間隔で音の大きさを測り、数値の列として並べたもの)です。WAV や AIFF の中身はふつうこれです。測る間隔がサンプリング周波数、一回の測定に使う桁数がビット深度で、CD と同じ 44.1kHz・16bit・ステレオなら、1秒あたり 44,100 × 16 × 2 = 1,411,200 ビット、つまり約 1,411kbps になります。

二つ目は可逆圧縮(ロスレス)です。FLAC や ALAC がこれにあたり、ファイルは小さくなりますが、展開すると元の PCM と1ビットも違わないデータに戻ります。

三つ目は非可逆圧縮(ロッシー)です。MP3・AAC・Ogg Vorbis・Opus がこれにあたります。人の耳が聞き取りにくい成分を優先して捨てることで、データ量を大きく減らします。捨てた情報は戻らないので、展開しても元の PCM とは一致しません。

形式中身の種類元のデータに戻せるか主な用途
WAV / AIFF非圧縮 PCMそのもの制作・マスターの受け渡し
FLAC / ALAC可逆圧縮完全に戻る保管・配信サービスへの入稿・高音質配信
MP3非可逆圧縮戻らない確認用・古い機器での再生
AAC / Opus非可逆圧縮戻らない配信・動画・携帯端末での再生

納品形式を考えるときの基本は、この表の「戻せるか」の列です。受け取ったファイルにこの先も手を加える可能性があるなら、戻せない形式を原本にしてはいけません。

WAV — 1991年の入れ物が、いまも受け渡しの標準である理由

WAV(WAVE)は、Microsoft と IBM が1991年8月に共同で出した「Multimedia Programming Interface and Data Specifications 1.0」で定められた形式です。RIFF(Resource Interchange File Format)という汎用の入れ物の上に作られており、「チャンク」と呼ばれる区画を並べる構造をしています。音の形式を書いた fmt チャンクと、PCM の数値列を入れた data チャンクが基本で、Windows 3.1 とともに広まりました。

三十年以上たっても WAV が受け渡しの標準であり続けているのは、中身が素直だからです。圧縮していないので、どのソフトでも同じように読め、展開の手間なく任意の位置を読み書きできます。相手の環境を選べない納品では、読み込みでつまずきにくいことが何より重要です。

4GB の壁と、その先の RF64

WAV には古い設計ゆえの制約があります。RIFF はファイルやチャンクの大きさを32ビットの数値で記録するため、扱える大きさは約4GBが上限です。48kHz・24bit・ステレオなら1秒あたり288,000バイトで、4時間あまりで上限に届きます。ライブ収録の長回しや、96kHz・24bit で8チャンネルを1本にまとめたファイル(1秒あたり約2.3MB)では、30分ほどで超えてしまいます。

これを解決するのが、欧州放送連合(EBU)の技術文書 Tech 3306 で定められた RF64 です。大きさを64ビットで記録できるよう拡張した形式で、2019年10月には国際電気通信連合(ITU)の勧告 BS.2088-1 にもなっています。長時間・多チャンネルの収録データを受け取る予定があるなら、録音機材やソフトが RF64 で書き出せるかを事前に確認しておくと安全です。

BWF — 放送の現場が付け足した「荷札」

WAV のもう一つの弱点は、曲名や作成者、録音日時といった付帯情報(メタデータ)の扱いが統一されていないことです。この点を補うため、EBU は1997年に BWF(Broadcast Wave Format)を定めました。WAV に「bext」というチャンクを足し、作成者・作成日時・時刻の基準点(タイムリファレンス)などを決まった位置に書けるようにしたものです。2011年5月の第2版ではラウドネスの測定値を書く欄も加わりました。

BWF は拡張子も .wav のままで、bext を読まないソフトでも普通の WAV として扱えます。映像や放送の仕事で「BWF で」と指定されるのは、タイムリファレンスで映像の時間軸に音を正確に置くためです。

FLAC — 音を1ビットも失わずに小さくする仕組み

FLAC(Free Lossless Audio Codec)は、仕様が公開され、参照実装もオープンソースで配布されている可逆圧縮の形式です。長く仕様書と参照実装によって運用されてきましたが、2024年12月にはインターネット技術の標準化団体 IETF から RFC 9639 として標準化文書が公開されました。RFC 9639 は、1〜8チャンネル、ビット深度4〜32bit の PCM を扱えると定めています。

「予測して、外れた分だけ記録する」

圧縮の考え方は単純です。音の波形は、隣り合うサンプル同士がよく似ています。そこで FLAC は、直前の数サンプル(最大32サンプル)から次の値を予測し、実際の値との差、つまり予測の外れ(残差)だけを記録します。予測がよく当たれば残差は小さな数ばかりになり、それを短い符号で表せる「ライス符号」で書くことで、全体が小さくなります。

展開するときは、同じ予測を行って残差を足し戻すだけなので、元の数値がそのまま復元されます。予測が当たりやすい音、たとえば静かな曲や音数の少ない曲ほど小さくなりやすく、ノイズの多い音や密度の高い音ほど縮みにくい傾向があります。圧縮率が曲によって変わるのはこのためです。

よく晴れた朝、畳の上に広げた藍染めの大きな布を、両手で端からきちんと折りたたんでいく様子を真上から見た図。脇には同じ柄の布が小さな四角に畳まれて桐の箱に収まっている
可逆圧縮は、布をたたんで箱にしまうのに似ている。小さく収まっても、広げれば元の柄がそのまま戻る。FLAC は音の予測の「外れ」だけを記録することで、元のデータを1ビットも失わずに小さくする

中身が壊れていないかを確かめられる

FLAC にはもう一つ、受け渡しで役立つ仕組みがあります。ファイルの先頭にある STREAMINFO という区画に、圧縮前の音のデータ全体から計算した MD5 チェックサム(データの指紋のような値)を持っているのです。展開した結果からもう一度計算して一致すれば、転送や保管の途中でデータが壊れていないことを確かめられます。

曲名やアーティスト名は「Vorbis コメント」という UTF-8 の文字情報として、ジャケット画像は PICTURE という区画として格納できます。WAV に比べて付帯情報の扱いが整理されているので、日本語の曲名を確実に残したい保管用途にも向いています。

弱点は、制作ソフトや映像編集ソフトに、FLAC を読み込めないものがまだ残っていることです。保管や入稿には向いていますが、相手がすぐ編集する素材なら WAV のほうが無難です。

MP3 と AAC — 聞こえにくい音を削る「知覚符号化」

MP3 と AAC は、どちらも MPEG(動画と音声の符号化を扱う ISO と IEC の合同作業部会)の規格から生まれた非可逆圧縮です。共通するのは知覚符号化という考え方で、大きな音のすぐ近くの周波数にある小さな音のように、人が聞き取りにくい成分を優先して削り、残りにデータを集中させます。

MP3 — 1993年の規格

MP3 の開発は、1980年代後半にドイツのフラウンホーファー研究機構の集積回路研究所(Fraunhofer IIS)で始まりました。規格としては1993年8月に発行された ISO/IEC 11172-3(MPEG-1 の音声部分)の「レイヤー3」にあたり、サンプリング周波数は 32・44.1・48kHz を扱います。

MP3 をめぐっては特許の利用許諾が長く話題になりましたが、Fraunhofer IIS によれば、同研究所と Technicolor による MP3 関連特許・ソフトウェアのライセンスプログラムは2017年4月23日に終了しています。同研究所は同じページで、配信や放送の多くはすでに AAC などのより新しい方式を使っていると説明しています。

AAC — MP3 の後継として設計された方式

AAC(Advanced Audio Coding)は、1997年12月に ISO/IEC 13818-7(MPEG-2 の第7部)として発行されました。MPEG-1 との互換性をあえて捨てることで、同じデータ量でより高い音質と多チャンネルへの対応をめざした方式です。その後 MPEG-4 にも引き継がれ、Apple の配信や YouTube の動画音声など、携帯端末と配信の世界で広く使われています。

先頭に入る「見えない無音」

非可逆圧縮には、音質とは別の落とし穴があります。AAC や MP3 は音を一定の長さの塊(フレーム)単位で処理するため、符号化の際に先頭へ無音が足されます。Apple の技術資料 TN2258 によれば、AAC の1フレームは通常1,024サンプルで、先頭には2,112サンプルの無音(プライミング)が入り、末尾もフレームの長さにそろえるために無音で埋められます。2,112サンプルは 44.1kHz で約48ミリ秒です。

再生側がこの値を読んで削れば問題は起きませんが、対応していない環境では曲の頭がわずかに遅れたり、継ぎ目に隙間ができたりします。映像に合わせる音やループ素材で非可逆圧縮を避けたい理由の一つです。ゲーム音楽のループについては ゲームBGMを発注するとき決めること でも触れています。

圧縮を重ねると劣化も重なる

非可逆圧縮のもう一つの性質は、圧縮を重ねると劣化が積み重なることです。配信サービスや動画サイトは、受け取ったファイルを自分たちの方式で圧縮し直して配信します。入稿したファイルがすでに MP3 や AAC だと、一度削られた音をもう一度削ることになります。YouTube は音楽動画の仕様の中で、圧縮音声も受け付けるとしながら、可逆の形式から変換したほうが音質ははるかによいと明記しています。

配信サービスと動画サイトは何を求めているか

では、音源を受け取る側は、実際にどんな形式を求めているのでしょうか。各社の公式資料から、入稿(受け取る形式)と配信(聞き手に届く形式)を分けて整理します。

サービス受け取る形式(入稿)聞き手に届く形式
Apple MusicWAV・ALAC・FLAC(44.1〜192kHz、16bit または 24bit)。それ以外は受け付けないAAC、ロスレス(ALAC)など
YouTube(音楽動画)FLAC または PCM を推奨(48kHz・24bit 推奨、16bit も可)。圧縮音声は AAC-LC・Opus なら2チャンネルで320kbps以上サイト側で再圧縮
Spotify配信代行会社を通じて入稿無料のウェブ版は AAC 128kbps、Premium は最高で24bit・44.1kHz 相当の FLAC

Apple — 「水増し」を認めない

Apple の映像・音声の入稿ガイドは、音楽の入稿に使えるのは WAV(PCM)、ALAC、FLAC などの可逆形式だけで、それ以外の形式は拒否すると定めています。モノラル音源も受け付けず、左右に同じ音を入れた2チャンネルで出すよう求めています。

注目したいのは「Apple Digital Masters」の条件です。24bit で入稿することに加えて、44.1kHz・16bit のファイルをアップサンプリングしたり、桁を足して24bitに見せたりすることは認めないと明記しています。ハイレゾ・ロスレスの表示は、88.2kHz 以上の24bit 音源に限られます。形式の数字を大きくしても、元の情報が増えるわけではないからです。

YouTube — 映像の世界は 48kHz

YouTube の通常の動画の推奨設定では、音声は AAC-LC または Opus、サンプリング周波数は 48kHz です。音楽動画の仕様でも 48kHz・24bit が推奨されています。CD 由来の 44.1kHz に対して、映像の世界は 48kHz が標準だという違いは、映像向けの音を発注するときに必ず押さえておきたい点です。

Spotify の Premium の最高設定は「最大24bit・44.1kHz の FLAC 相当」のロスレスです。聞き手の形式はサービスと設定で決まるので、入稿するのはどの変換先にも耐えられる可逆の原本であるべきです。

秋の午後、山あいの小さな無人駅のホームを遠くから見た風景。木のベンチには大きさの違う包みと平たい大きな箱が並び、線路の先から一両の列車が近づいてくる
納品は、受け取った人が次の工程へ運ぶための引き渡しでもある。誰がどこへ運び、どこで手を加えるのかが分かれば、渡す形式もおのずと決まる

発注書に書いておきたい納品形式の指定

ここまでを踏まえて、制作を頼むときに発注書や依頼文へ何を書けばよいかを整理します。基本は「原本は可逆、確認用は非可逆、数字は使い道から決める」です。

原本は WAV、数字は使い道に合わせる

マスターやミックスの原本は、WAV の24bit で受け取るのが最も無難です。サンプリング周波数は、制作したときの周波数のまま書き出してもらうのが原則で、配信や CD 向けの音楽なら 44.1kHz か 48kHz、映像に使う音なら 48kHz を指定します。途中で周波数を変換すると、そのたびに計算の誤差が入るためです。サンプリング周波数とビット深度の詳しい意味は、別の記事で改めて取り上げる予定です。

16bit で受け取る必要がある場合(CD のプレス用など)は、24bit から桁を落とす工程で「ディザ」(桁を落とすときに出る規則的な誤差を、ごく小さな雑音に置き換えて目立たなくする処理)をかけてもらうよう、マスタリングの担当者と確認しておきます。ラウドネスの目標値についての考え方は 配信のラウドネスはなぜ -14 LUFS なのか で整理しています。

確認用ファイルと原本を分ける

途中の確認には MP3 や AAC の小さなファイルが便利ですが、確認用と原本を同じ名前にしないことが大切です。「曲名_mix3_確認用.mp3」「曲名_master_48k24b.wav」のように版・用途・形式が名前から分かれば、最終納品での取り違えを防げます。

ステム(楽器ごとやパートごとに書き出したファイル)を受け取る場合は、全ファイルの先頭をそろえ、同じ長さで書き出してもらうよう指定します。先頭がそろっていれば、受け取った側は並べるだけで元のミックスと同じ位置関係を再現できます。ステムの作り方は ミックスとマスタリングを外注するとき何を渡し何を伝えるか で詳しく扱っています。

発注書に書く項目の例

項目書き方の例
原本の形式WAV(PCM)・24bit・48kHz・ステレオ
確認用AAC または MP3(320kbps 程度)。最終納品物には含めない
ステムWAV・原本と同じ周波数とビット深度・先頭をそろえて同じ長さで
ファイル名曲名_版_用途_周波数とビット深度
付帯情報曲名・作成者・テンポ・BWF のタイムリファレンス(映像の場合)

条件を最初に書いておけば、制作側も書き出しの手間を見積もれます。仕事の募集を出すなら 仕事を探す・掲載する の募集文に、相手を探すところからなら ミュージシャンを探す でポートフォリオを見たうえで個別に、納品形式まで含めて相談するとよいでしょう。発注の全体の流れは 企業の方へ にまとめています。

形式を選ぶことは「次に誰が手を入れるか」を決めること

WAV・FLAC・MP3・AAC の違いは、音のよしあしの順位ではありません。そのファイルを受け取った人が、次に何をするのかに対して、どの形式が都合よいかの違いです。

編集する人に渡すなら、どのソフトでも素直に読める WAV。長く保管するなら、小さく中身の検証もできる FLAC。配信サービスへの入稿は各社が求める可逆の形式。聞き手に届ける最終段や確認用のやりとりなら AAC や MP3 で十分です。

困るのは、圧縮済みのファイルを原本として扱ったときです。そこから先のすべての工程が、すでに削られた音を起点にすることになり、数字を後から大きくしても失われた情報は戻りません。

納品形式の指定は発注書の中で地味な一行ですが、作品が編集され、配信され、何年か後に使い直されるまでの道筋を決めています。「原本は可逆で、使い道に合った数字で」。この原則を押さえておけば、形式の名前に振り回されることはありません。

参考・出典