2019年に成立した「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(アイヌ施策推進法)は、第2条で「アイヌ文化」を定義しています。そこには、アイヌ語と並んで「生活様式、音楽、舞踊、工芸その他の文化的所産」と書かれています。法律の条文が、守り育てる対象として「音楽」という語を明記しているのです。

では、その音楽とはどのようなものなのでしょうか。観光施設の舞台で見る輪踊りや、竹の口琴ムックリの「ビヨーン」という音を思い浮かべる人は多いはずです。けれども、アイヌの音楽には、声をわずかにずらして重ねる歌い方、拍子棒で調子を取りながら数時間語り続ける叙事詩、樺太(サハリン)で弾かれた五弦の琴など、西洋音楽の物差しでは測りにくい要素がいくつもあります。

この記事では、文化庁の文化財解説、北海道博物館の研究紀要と展示解説、アイヌ民族文化財団(旧アイヌ文化振興・研究推進機構)の製作マニュアル、蝋管(ろうかん)録音を再生した北海道大学の記録をもとに、歌・語り・楽器・記録・継承の順にアイヌの音楽をたどります。執筆時点(2026年11月)の情報です。

法律が「音楽、舞踊」と書いた文化 — 古式舞踊の指定と18の保存会

アイヌの歌と踊りが国の制度に位置づけられたのは、法律より35年早い1984年1月21日です。この日、アイヌ古式舞踊が国の重要無形民俗文化財に指定されました。文化庁の文化遺産オンラインによると、保護団体は北海道アイヌ古式舞踊連合保存会をはじめとする18団体で、札幌市、千歳市、旭川市、白老町、帯広市、釧路市など道内各地の保存会が名を連ねています。

文化庁の解説は、信仰・芸能・生活が密接に結びついている点をこの芸能の特色としています。踊られる場は熊送りやシシャモ祭りといった主要な祭りと家庭の行事で、内容は作業歌舞、儀式舞踊(剣の舞・弓の舞)、動物の動きをまねる模擬舞踊(鶴の舞・バッタの舞)、娯楽舞踊(棒踊り)、即興性のある踊りまで多岐にわたります。曲目や舞い方はコタン(集落)ごとに異なるとされ、ひとまとまりの「型」として標準化された芸能ではありません。

2009年には、ユネスコの無形文化遺産保護条約に基づく「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に "Traditional Ainu dance" として記載されました(決定番号 4.COM 13.57)。ユネスコの説明は、踊りが儀式や宴、日常生活の中で行われ、大きな輪を作って踊り、見ている人が楽器なしで歌を付けることもあると記しています。自然の中にカムイ(神)がいると考えるアイヌにとって、踊りは自然への感謝を表す行為でもある、という位置づけです。

法制度では、1997年のアイヌ文化振興法を引き継いだ2019年のアイヌ施策推進法(平成31年法律第16号・同年5月24日施行)が、第1条でアイヌの人々を「北海道の先住民族」と明記しました。翌2020年7月12日に白老町で開業した民族共生象徴空間の愛称「ウポポイ」は、アイヌ語で「(おおぜいで)歌うこと」を意味するとされます。

輪になって歌う — ウポポとリムセ、シントコの蓋

アイヌの歌には、大勢で歌うものと一人で歌うものがあります。大勢で歌う歌の中心にあるのがウポポとリムセです。文化庁の古式舞踊の解説も、この芸能は歌(ウポポ)を中心とし、輪舞(リムセ)を基本の形式とすると説明しています。

ウポポは「座り歌」と訳されることが多い歌です。主に女性たちが声を合わせて歌うもので、祭りの場で歌われることが多いため「祭り歌」とも訳されます。歌い方の典型は、シントコ(漆塗りの大きな行器〈ほかい〉、蓋付きの容器)の丸い蓋を床に伏せて置き、そのまわりを囲んで座る形です。伏せた蓋が、歌い手の輪の中心になります。

一方のリムセは、立って輪を作り、踊りながら歌う歌です。ユネスコの音源集『Japan: Ainu Songs』の解説書(谷本一之、ジャン=ジャック・ナティエ)は、数ある歌の種類の中でウポポとリムセが最も数が多く重要だとし、リムセは主に音頭役と合唱の掛け合いで歌われる、と説明しています。同じ解説書は、アイヌの旋律の多くが五音音階の上に作られ、2音や3音だけで組み立てられる旋律も多いと述べています。

種類歌う姿勢主な担い手特徴
ウポポ(座り歌)座って輪になる主に女性シントコの蓋を囲む。輪唱で歌われることが多い
リムセ(踊り歌)立って輪舞大勢音頭役と一同の掛け合い。動きと一体
ヤイサマなど一人個人歌詞や節回しを思うままに歌う即興性の高い歌
ユカㇻ・カムイユカㇻ座って語る語り手節を付けて語る叙事詩。拍子棒や繰り返し句を伴う

この表の区分は便宜的なもので、地域や伝承者によって呼び名や境界は異なります。

音階の面から見たアイヌの音楽と、琉球や本土の民謡との比較は、「日本らしい響き」の正体で扱っています。

ずれて重なる声 — ウコウクと「音頭一同」、奇数の拍

アイヌの合唱を初めて聴いた人がまず驚くのは、声がそろわないことかもしれません。これは崩れているのではなく、意図された歌い方です。

輪唱ウコウク

ウポポは輪唱(ウコウク)で歌われることが多い歌です。一人が歌い出すと、次の人が少し遅れて同じ旋律を歌い始め、さらに次の人が続きます。西洋のカノン(追いかけ歌)に似ていますが、わずかなずれが重なることで、響きは刻々と複雑に変化します。北海道博物館アイヌ民族文化研究センターの甲地利恵は、こうした重なりを「オーバーラップポリフォニー」という語で捉えています。

「音頭一同」と奇数拍節

甲地が2017年に同センターの研究紀要に発表した研究ノート「アイヌ音楽における奇数拍節及び『音頭一同』形式との関係について」は、もう一つの歌い方に注目しています。先に歌う声部(音頭)が歌ったあと、後に続く声部(一同)が同じ旋律を繰り返す「音頭一同」形式です。呼び名は日本民謡の用語を借りたものです。

研究ノートによると、アイヌの伝統的な歌の多くは2拍または3拍を単位とする拍節(周期的な時間の区切り)で捉えられますが、2拍と3拍を組み合わせて、一節の合計が7拍や5拍のような奇数拍節になる曲も散見されます。甲地は、手拍子などの音が入った「音頭一同」形式の36例42曲を分析し、音頭と一同が交替するときのタイミングの取り方が、奇数拍節を生む一因になっている可能性があるという仮説を示しました。

歌い交わしの「間合い」が、そのまま曲の拍の数を決めているかもしれない、という見方です。楽譜の拍子から出発する西洋音楽とは逆に、人と人との呼吸の合わせ方からリズムが立ち上がる構造が見えてきます。

一人で歌う歌、拍子棒で語る物語 — ヤイサマ、ユカㇻ、神謡

一人で歌う歌にはヤイサマネナやシノッチャなどがあり、歌詞や旋律に決まったものはなく、心情をその場で節に乗せて思うままに歌うものとされます。

数時間に及ぶ英雄叙事詩

観光庁の多言語解説文データベースは、アイヌの口承文芸(語りと聞き取りで伝えられてきた文学)を三つに分けて説明しています。勇敢な主人公が活躍する英雄叙事詩ユカㇻ、カムイの視点で語られることの多い神謡(カムイユカㇻ、オイナ)、日常に近い語り口の散文説話(ウエペケㇾ)です。

ユカㇻは、語り手が自分の節で歌うように語り、木の棒で打楽器的な強調を加えます。この棒はレプニと呼ばれる拍子棒で、炉の縁などを打って調子を取ります。英雄叙事詩は数時間に及ぶこともあり、神謡は数分から1時間を超えるものまであるとされます。

繰り返し句と『アイヌ神謡集』

神謡の特徴は、物語の途中に何度も挟まるサケヘ(繰り返し句)です。北海道博物館の展示解説は、神謡にはそれぞれ「テーマソングのような繰り返し部分」があり、初めて聞く人でも親しみやすいと紹介しています。

この神謡を、アイヌ自身がローマ字で書き起こして日本語訳を付けたのが、登別出身の知里幸恵(ちり・ゆきえ)による『アイヌ神謡集』です。1923年8月に郷土研究社から刊行され、13編を収めています。知里は刊行を見ることなく、前年の1922年に19歳で亡くなりました。アイヌ民族が初めて自らの言葉を文字にして物語を記した本として、刊行から100年を超えた今も版を重ねています。

竹の口琴ムックリ — 紐で弁を振るわせ、口で音色を作る

アイヌの楽器で最もよく知られているのが、竹製の口琴(こうきん)ムックリです。口琴は、枠の中に切り出した細い弁(振動する舌状の部分)を振るわせ、その音を口の中で響かせる楽器で、ユーラシアから東南アジアまで広く分布しています。

北海道博物館の展示解説は、ムックリをトンコリとともに「現在でもよく演奏されている」楽器として紹介しています。観光庁の多言語解説文データベースによると、ムックリは竹などで作った本体と紐からなり、本体を口に当てて右手で紐を引くと振動音が生じ、唇の動きや息を吸う・吐く動作で音に変化を加えます。伝統的には、想いを寄せる相手の気を引くために演奏されたとも説明されています。

紐の付く位置という違い

日本口琴協会代表の直川礼緒は、2016年の論文で口琴の分類を論じる中で、ムックリの引き紐が振動する弁の上に付いていることを指摘しています。サハリン北部のニヴフ民族の真鍮製の口琴は、ムックリとよく似た薄い板状で紐を引いて鳴らしますが、紐は枠のほうに付いています。素材が金属か竹かという違いより、発音の仕組みのほうが楽器の性格を決めている、という見方です。

同じ論文は、竹のムックリとは別に、樺太アイヌの金属製口琴が日本国内の三つの施設に計6本所蔵されていることを整理しています。直川は、金属口琴は樺太アイヌ独自のものではなく、周辺の民族と共有された流れの中で考える必要があると述べています。

朝の霜が降りた白樺の樹皮の上に、細長い竹の口琴が一本置かれ、その弁から伸びる紐が緩く弧を描いている様子を、ごく近くから見下ろした静物。背景には何も描かれず、余白が大きく取られている
ムックリは竹の枠から切り出した弁に紐を付け、紐を引いて弁を振るわせる。音程や音色は、口の中の形と息で変える

樺太の五弦琴トンコリ — 女性の体に見立てた楽器と、魂のガラス玉

トンコリは、アイヌの人々が使ってきた弦楽器です。アイヌ文化振興・研究推進機構の『アイヌ生活文化再現マニュアル トンコリ【五弦琴】』によると、張られる弦は3本から5本で、5弦のものが多いことから「五弦琴」と呼ばれます。江戸時代の早い時期には北海道のアイヌも使っていた記録がありますが、一般には樺太アイヌの楽器として知られています。

頭・首・肩・胴・へそ・足

細長い板状の胴の上端に糸巻を差した頭部が付き、下端がすぼまって尖る形です。トンコリは人体(女性)をイメージしているといわれ、各部に頭・首・肩・胴・へそ・足と人体の名前が付いています。

本体は松材などをくりぬいて作り、弦には植物の繊維や動物の腱を撚ったものを使いました。大正時代ごろには三味線の絹糸が使われていたようだ、とも記されています。マニュアルで製作された一本は全長108センチ、木部にはイチイ(北海道でいうオンコ)、弦にはツルウメモドキの繊維を撚った紐、弦をまとめて止める部分にはなめしたアザラシの毛皮を使っています。

そして胴の内部には、心臓(魂)としてガラス玉を一つ入れます。トンコリが単なる道具ではなく、人の体に見立てられた存在であることをよく示す習わしです。

弦を押さえずに弾く

トンコリには棹を押さえて音程を変える指板がなく、5本の弦をそれぞれ開放弦のまま指ではじいて旋律を作ります。マニュアルによれば、トンコリは気の向いたときに楽しみのために弾かれ、子守歌の代わりに子どもに聞かせることもあり、祝い事で人が集まれば歌や踊りの伴奏にもなりました。大きさに決まりはなく、弾き手に合わせて決めていたのだろうとされています。

北の海に面した、冬の浜辺の流木の柵に、細長い五弦の木の琴が一本立てかけられている引きの風景。低く垂れた雲と海氷が遠くに広がり、浜には誰もいない
トンコリは主に樺太のアイヌが伝えてきた五弦琴。各部に頭・首・肩・へそ・足と人体の名が付き、胴の中には魂としてガラス玉を入れる

蝋管から10枚組LPへ — アイヌの音を記録した100年

アイヌの音楽が今どこまでたどれるのかは、誰がいつ、何で記録したかに大きく左右されます。

ピウスツキの蝋管

最も古い録音群の一つが、ポーランドの人類学者ブロニスワフ・ピウスツキ(Bronisław Piłsudski)の蝋管です。北海道大学の朝倉利光の報告(2013年)によると、ピウスツキは政治事件に連座して樺太に流刑となり、1896年から1905年まで樺太のアイヌの中で暮らしてアイヌ語に精通しました。その間に調査費でエジソン式蓄音機と蝋管を購入し、祭り歌、恋慕歌、舟歌、酒謡、神謡などを録音しています。

所在不明だった蝋管はポーランドで見つかり、65本が1983年7月4日に北海道大学応用電気研究所へ運び込まれました。蝋管は白い変質物に覆われ、亀裂や破損も多かったため、音を取り出すために、レーザーを使った非接触の光学式再生法の研究が進められました。再生を終えた蝋管は1986年2月にポーランドへ返還されています。

録音媒体の変遷そのものは、クラシック録音史で詳しく扱っています。

NHKの総合調査と10枚組のLP

戦後、網羅的な調査を行ったのがNHK札幌放送局です。甲地の研究ノートによると、同局の事業「アイヌ伝統音楽収集整備計画」(1960〜1963年)に基づいて報告書『アイヌ伝統音楽』(日本放送協会編・1965年)がまとめられ、1967年にはLPレコード10枚、240曲からなる『アイヌの音楽』が出ました。坐り歌・踊り歌の区分だけで140曲を収め、アイヌ音楽の全ジャンルを網羅したアンソロジーとしては、研究ノートが書かれた2017年の時点でも最大規模とされています。

1978年には、アイヌ音楽の研究者・谷本一之と、カナダの音楽学者ジャン=ジャック・ナティエ(Jean-Jacques Nattiez)が平取町二風谷などで録音を行い、ユネスコの音源集として国外にも紹介されました。

薄暗い資料室の机の上に、古い円筒形の蝋管がいくつか横倒しに並び、そばに大きなラッパ状の集音ホーンを持つ蓄音機が置かれている様子を、真横の低い位置から見た静物。窓からの細い光が机の端だけを照らしている
ピウスツキが樺太で吹き込んだ蝋管は、1983年に北海道大学へ運ばれ、レーザーによる非接触の光学式再生で音が取り出された

継ぐ場と、音楽を仕事にすること

北海道博物館の展示解説は、明治以降の日本語教育をはじめとする同化政策の結果、アイヌ語が暮らしの中から姿を消していったこと、ラジオやテレビの登場で歌や踊りを楽しむ機会が減ったことを記しています。そのうえで、1970年代に継承・復興の動きが盛んになったことに触れ、「復興や継承はまだまだ道半ば」と結んでいます。2009年には、ユネスコがアイヌ語を消滅の危機にある言語に挙げました。

継承の現場は、記録とまったく同じではありません。甲地が2015〜2016年度に行った調査では、道内各地の保存会が近年演じているレパートリーが、1960年代初頭の総合調査報告書から抽出した曲目と必ずしも多く重なってはいないことが確認されました。記録が「正解」として固定されるのではなく、地域ごとの伝承と古い録音とを行き来しながら、歌が更新され続けているということです。

依頼する側が気をつけたいこと

アイヌの歌や楽器の演奏をイベントや映像、教育の場で依頼するなら、演目がどの地域・保存会に伝わり、どんな場面で歌われてきたものかを、演者や伝承者に確かめてから企画を固めるのが基本です。儀礼と結びついた歌や踊りもあり、すべての演目がどの場面にも向くとは限りません。

ムックリやトンコリの奏者、民族音楽に通じた演奏家・研究者を探すなら、ミュージシャンを探すで演奏動画とポートフォリオを見比べることができます。演奏や監修の依頼は仕事を探す・掲載するから公開でき、初めて発注する方は企業の方へのガイドで流れを確認できます。

輪の中心に伏せた蓋、ずれて重なる声、紐で振るわせる竹の弁、魂を入れた五弦の琴。アイヌの音楽は、楽器や音階の珍しさ以上に、人が集まり、呼吸を合わせ、言葉を節に乗せて語り継ぐ営みそのものとして受け継がれてきました。

参考・出典