ドラムセットのタムを1台、ヘッドを新品に替えて組み直すと、同じ胴、同じヘッドでも、叩いたときの音は締め方しだいでまるで別の楽器になります。低く太く鳴らすことも、高く短く鳴らすこともできますし、締め方が不揃いなら「ワーン」と揺れる濁った音にもなります。この調整がドラムのチューニングです。
ギターやピアノと違い、ドラムには合わせるべき正解の音がほとんどありません。それでもボルトを締める順番やヘッドのどこを叩いて確かめるかには、好みだけでなく物理的な理由があります。
この記事では、ドラムのヘッドを「張られた円形の膜」として捉え、音の高さが何で決まるのか、なぜ太鼓は音程が聞き取りにくいのか、打面と裏面はどう影響し合うのかを、音響学の研究とメーカーの一次資料からたどります。
叩く面は「張られた膜」 — 張力・重さ・直径が高さを決める
ドラムのヘッドは、物理学の言葉では膜(membrane)として扱われます。膜は、それ自体にはほとんど曲げに抵抗する硬さがなく、周囲から引っ張られる張力だけで形を保っている薄い面のことです。弦を2次元に広げたもの、と考えると分かりやすいでしょう。
理想的な円形の膜では、最も低い振動の周波数は、張力の平方根に比例し、膜の面積あたりの質量の平方根に反比例し、直径に反比例します。つまり、ボルトを締めて張力を上げれば音は高くなり、厚く重いヘッドに替えれば低くなり、径の小さい胴ほど高くなります。
ここで覚えておくと役に立つのが「平方根」の効き方です。張力を2倍にしても周波数は約1.41倍にしかならず、音を1オクターブ(周波数2倍)上げるには張力を4倍にする必要があります。チューニングキーで同じ角度だけ回しても、低い音域ではわずかしか高さが変わらず、高い音域に近づくほど大きな力が要るのは、この関係のためです。
同じヘッドを同じような張りで張っても、10インチのタムが16インチのフロアタムより高く鳴るのも、直径の違いがそのまま高さの違いになるからです。
振動のかたちは無数にある
弦の振動が「腹」と「節」の並びで表されるように、膜の振動は節線(振動しない線)の並び方で区別されます。円形の膜では、節線は中心を通る直線(節直径)と、中心を囲む円(節円)の2種類で、その本数の組み合わせで振動のかたちを (m, n) のように表します。m が節直径の数、n が縁を含めた節円の数です。
最も低い (0,1) は膜全体が上下にふくらむ振動、次の (1,1) は中心を通る1本の節線を境に左右が逆向きに動く振動です。叩いた瞬間の膜には、こうした多くの振動が同時に生まれます。
太鼓に音程が聞こえにくい理由 — 倍音が整数倍に並ばない
弦や管の楽器では、いちばん低い音(基音)の2倍、3倍、4倍…という整数倍の周波数で倍音が並びます。耳はこの規則的な並びをひとまとまりの音として聞き、はっきりした音の高さを感じ取ります。
円形の膜ではそうなりません。米ペンシルベニア州立大学で音響学を教える Daniel A. Russell の解説によると、理想的な円形の膜の振動の周波数は、(0,1) を1とすると、(1,1) が1.593、(2,1) が2.135、(0,2) が2.295、(1,2) が2.917、(0,3) が3.598 の比になります。どれも整数倍から外れています。
| 振動のかたち (m, n) | (0,1) に対する周波数比 | 音程の目安 |
|---|---|---|
| (0,1) | 1.000 | 基準 |
| (1,1) | 1.593 | 短6度よりわずかに低い |
| (2,1) | 2.135 | オクターブより半音強高い |
| (0,2) | 2.295 | オクターブと長2度ほど |
| (1,2) | 2.917 | オクターブと長6度ほど |
倍音がこのように不規則に並ぶため、タムに「だいたいこのあたり」という高さは感じられても、ピアノの鍵盤のように1音に特定しにくくなります。

ティンパニとタブラは音程を手に入れた
それでも、はっきりした音程を持つ太鼓はあります。オーケストラのティンパニ(ケトルドラム)です。英ダラム大学に1993年に提出された Thomas Arnold Packer の修士論文は、ヘッドが半球形の釜(ケトル)と周囲の空気の影響を受けて振動する様子をモデル化し、空気の負荷によって (1,1)、(2,1)、(3,1)… の周波数が調和的な並びへ寄せられ、はっきりした音の高さが生まれると結論づけました。(0,1) の振動は強く減衰するとも述べています。
インドの太鼓タブラやムリダンガムは、別の方法で音程を得ました。物理学者の C. V. Raman(チャンドラセカール・ヴェンカタ・ラマン)は、Sivakali Kumar とともに1920年1月15日付の英科学誌『Nature』に短い報告「Musical Drums with Harmonic Overtones」を発表しました。そこでは、鉄の細かな粉を主成分とする柔らかい練り物を膜の中央に塗って重みをつけ、膜の縁には輪状のもう1枚の膜を重ねることで、基音を含めて5つの調和的な倍音を鳴らせることが示されています。
膜の重さの分布を変えれば、振動のかたちごとの周波数を動かせるということです。日本の太鼓の胴と革の関係については 和太鼓の種類と音 でも扱っています。
2枚のヘッドは胴の空気でつながる — 打面と裏面の関係
ドラムセットのタムやスネアドラム、バスドラムの多くは、胴の上下にヘッドを張った両面ヘッドです。叩く側を打面(バターヘッド)、反対側を裏面(レゾナントヘッド、スネアドラムではスネアサイド)と呼びます。
裏面は叩かれないのに、なぜ張り方で音が変わるのでしょうか。米ノーザンイリノイ大学で Thomas D. Rossing の指導のもと1990年にまとめられた Huan Zhao の修士論文は、スネアドラムの振動を実測し、2枚のヘッドが (0,1) と (1,1) の振動で互いに影響し合っていることを確かめました。そのうえで、この影響は胴の木や金属を伝わるのではなく、主に胴の中に閉じ込められた空気を介して起きていると結論づけています。
打面を叩くと、胴の中の空気がばねのように押されて裏面を揺らし、裏面の張りが打面の振動にも跳ね返ってきます。裏面の張りを変えると、打面の音の高さや余韻の長さが変わるのはこのためです。
「裏面を少し高く」は一つの流儀
では、2枚の張りの関係はどう決めればよいのでしょうか。ヘッドメーカーの Remo は、ドラムセットの基本として、裏面を打面よりわずかに高く、半音ほど上に合わせる方法を紹介しています。同社はその効果として、倍音が明瞭になり、余韻が長く、焦点の合った音になると説明しています。一方、Evans ブランドのヘッドを扱う D'Addario が2006年に出したチューニングの手引きは、打面と裏面の張りをおおむね同じにすることを勧めています。
メーカーによって推奨が異なることからも分かるとおり、打面と裏面の関係には唯一の正解があるわけではありません。2枚の膜が空気でつながっている以上、片方を変えればもう片方の鳴り方も変わります。どちらか一方を決めたら、もう一方を少しずつ動かしながら、余韻の長さと音の高さの聞こえ方を耳で確かめていくことになります。どの関係を選ぶかは、曲の速さや、ほかの楽器との重なり方で決まります。

張りむらは「うなり」になる — ボルトを対角に締める理由
ドラムのヘッドは、胴の周囲に並んだ6〜10本ほどのテンションボルトで、フープ(ヘッドを押さえる金属や木の輪)を均等に引き下げて張っています。ボルトが1本だけ固い、1本だけ緩いといった状態は、膜の周りの張力が場所によって違うことを意味します。
米国の音響学者 Randy Worland は、2010年に米国音響学会誌(JASA)に発表した論文「Normal modes of a musical drumhead under non-uniform tension」で、この張りむらが何を起こすかを調べました。理想的な円形の膜では、節直径を持つ振動、たとえば (1,1) は、節線の向きだけが違う2つの振動が同じ周波数を持っています(物理では「縮退」と呼びます)。ところが縁の張力が不均一になると円の対称性が崩れ、この2つの周波数がわずかにずれます。Worland は、こうしたずれが場合によっては耳で聞こえるほどになることを、レーザー干渉計の一種で膜の振動を撮影した実測と有限要素法の計算で示しました。
周波数のわずかに違う2つの音が同時に鳴ると、音量が周期的に大きくなったり小さくなったりするうなりが生まれます。張りの揃っていないタムが「ワウワウ」と揺れるように鳴るのは、この現象として説明できます。同論文は、実際のチューニングの場面で (1,1) の振動が果たす役割にも注目しています。
「指で締めてから対角に」の意味
ヘッドの張り方の手順として、メーカーの手引きはおおむね同じことを勧めています。D'Addario の手引きは、ゼロから張るときは対角の順にボルトを締める「クロスラグ」の順序を使うよう勧め、6本・8本・10本・12本のボルトの場合の順番を図で示しています。まずすべてのボルトを指で止まるまで締め、そこからキーで少しずつ、全周を同じ量だけ回していきます。Remo も、すべてのボルトに均等な張力をかけ、各ボルトの近くを軽く叩いて、ヘッドがそれ自体で揃っているかを確かめるよう案内しています。
1か所だけを先に締めると、フープが傾いてヘッドが片側だけ強く引かれます。対角に少しずつ締めれば、フープは水平を保ったまま下がります。各ボルトの近くを叩いて高さを聞き比べるのは、Worland の論文が扱った「対称性の崩れ」を耳で探して潰していく手順だと言えます。
D'Addario の手引きは、新しいヘッドを狙った高さか少し上まで張ってしばらく叩き、なじませてから改めて微調整することも勧めています。張ったばかりのフィルムはしばらくのあいだ伸びて張力が下がるため、一度で決めきろうとせず、少し時間をおいて確かめるのが実際的です。

皮からフィルムへ — 湿度と闘ってきたヘッドの歴史
20世紀半ばまで、ドラムのヘッドは主に子牛の皮などの動物の皮で作られていました。皮は温度と湿度の変化に敏感で、張りが変わって音が狂い、ときには破れてしまいます。
この状況を変えたのが、米国のドラマー Remo Belli(レモ・ベリ)です。Remo 社の沿革によると、ベリは第二次世界大戦中に開発が進んだ合成素材に着目し、化学メーカーの DuPont が開発したポリエステルフィルム「マイラー」で試作を重ねました。化学者の Sam Muchnick と共同で開発した合成樹脂のヘッドは「Weather King(ウェザーキング)」と名づけられ、1957年にカリフォルニア州ノースハリウッドで会社が設立されます。名前のとおり、天候の変化に左右されにくいことが売りでした。
同社の沿革は、最初期のウェザーキングの打面用ヘッドが厚さ7.5ミル(約0.19ミリ)の1枚張り、スネアドラムの裏面用が3ミル(約0.08ミリ)の1枚張りだったと記しています。スネアドラムの裏面がとりわけ薄いのは、その下に張るスナッピー(響き線。金属のコイル線を並べたもの)が、裏面のわずかな振動にも反応して「ザッ」という響きを生むためです。フィルムを金属の枠に固定する方式は、1960年5月3日に米国特許2,934,989号として認められました。
ティンパニは足で音を変えるようになった
張力の調整を演奏中に行う工夫は、オーケストラのティンパニで先に進みました。ドイツの打楽器メーカー Kolberg の博物館の解説によると、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のティンパニ奏者 E. G. B. Pfundt が実用的なクランク(回転ハンドル)式のティンパニを作り、ドレスデンの宮廷楽団の C. Pittrich が、現在広く使われているペダル式のティンパニを考案しました。この「ドレスデン式」のペダルは1881年に特許を取得し、改良を重ねながら今もヨーロッパで広く使われているとされます。
スネア・タム・バスドラム — 楽器ごとに狙いが違う
Remo の案内は、スネアドラムは高く固めの張り、バスドラムは低めの張りで深くパンチのある音、タムはセット全体と釣り合う音という大まかな方向を示し、最終的には演奏のスタイルと音楽に合わせて試すよう勧めています。
| 楽器 | よくある狙い | 張りの考え方 |
|---|---|---|
| スネアドラム | 歯切れのよいアタックと、スナッピーの響き | 打面を高めに張り、裏面は薄く張りの強いヘッドでスナッピーを反応させる |
| タム | セットの中で高さの段差をつける | 径ごとに高さを揃え、隣り合うタムとの間隔を曲に合わせて決める |
| バスドラム | 低く短い「ドン」という音 | 低めの張りで、胴の中の消音材や裏面の穴で余韻の長さを調整する |
余韻と、ほかのドラムとの干渉
両面ヘッドのドラムは、胴の空気を介して裏面が鳴り続けるため、何もしなければ長い余韻が残ります。これを短くするために、打面の縁に消音用のパッドを貼る、裏面に穴を開ける、胴の中に毛布を入れる、といった方法が使われます。
また、タムを叩いたときにスネアドラムのスナッピーが共鳴して鳴り続けることがあり、タムの高さを少しずらして避けることもあります。どのマイクでどの位置から録るかによっても、聞こえ方は大きく変わります。マイクの種類と置き方については マイクの種類と選び方、部屋の響きについては 部屋の響きを整える で詳しく扱っています。
録音やライブでドラムを頼むときに伝えること
ドラムの音は、チューニングに加えて、ヘッドの種類、叩く強さ、部屋の響き、マイクの位置の組み合わせで決まります。演奏者に依頼するときは、「いい感じの音で」より具体的な手がかりを渡すほうが、仕上がりのずれが小さくなります。
- 参考音源: 参考になる録音と、どの楽器のどの部分を参考にしてほしいか
- 曲の速さと密度: 音数が多い曲ほど、余韻は短めのほうが重ならずに聞き取りやすい
- 楽器の持ち込み: スタジオ備え付けのセットか、演奏者の楽器か。ヘッド交換の費用を誰が持つか
- 音決めの時間: 録音の前に、セッティングとチューニングの時間を予定に入れる
- クリックの有無: テンポを固定して録るか(クリックと同期演奏 で扱っています)
ドラムの録音やライブのサポートを依頼できる演奏者は、ミュージシャンを探す で職種から探せます。条件を示して業務委託の案件として募集する場合は、仕事を探す に掲載できます。音楽業界の外から初めて演奏を依頼する場合の流れは 企業の方へ にまとめています。
チューニングは物理の条件を揃え、そのうえで音を選ぶ作業
ドラムのチューニングを、膜の物理から見直してみると、作業は2つの段階に分かれます。
1つ目は、条件を揃える段階です。ボルトを対角に少しずつ締め、各ボルトの近くを叩いて高さを聞き比べるのは、膜の全周の張力を均一にして、円形の膜が本来持つ対称性を取り戻す作業でした。張りむらが残ると、本来は同じ周波数で鳴るはずの振動が2つに分かれ、うなりとして聞こえます。ここには、かなりはっきりした「良い状態」があります。
2つ目は、音を選ぶ段階です。全体をどこまで張るか、打面と裏面をどう組み合わせるか、余韻をどこまで残すかには、メーカーの推奨にも幅があるとおり、唯一の正解はありません。ティンパニは釜と空気の力で、タブラは膜の中央の重みで太鼓に音程を与えました。ドラムセットのチューニングは、曲と編成に合う音を探す作業です。
仕組みを知っておくと、思った音にならないときに、張りむらなのか、裏面との関係なのか、どこを疑えばよいかの見当がつきやすくなります。
参考・出典
- Vibrational Modes of a Circular Membrane(Daniel A. Russell/ペンシルベニア州立大学)
- Acoustics of the orchestral kettledrum(Thomas Arnold Packer/ダラム大学 修士論文・1993年)
- Acoustics of snare drums: an experimental study of the modes of vibration, mode coupling, and sound radiation patterns(Huan Zhao/ノーザンイリノイ大学 修士論文・1990年)
- Normal modes of a musical drumhead under non-uniform tension(Randy Worland/Journal of the Acoustical Society of America・2010年)
- Musical Drums with Harmonic Overtones(C. V. Raman・Sivakali Kumar/Nature 104巻・1920年)
- History(Remo)
- Drum Set Tuning Basics(Remo)
- How to Tune Your Drumset(D'Addario/Evans Tip Sheet Volume 1・2006年)
- Kolberg Museum(Kolberg Percussion)
- Historical Timpani(Birgit Heise・Bernhard Kolberg/Kolberg Percussion)