オーケストラの演奏会で、ただ一人だけ音を出さない人がいます。指揮者です。楽器を持たず、客席に背を向け、腕と棒を動かしているだけに見えるのに、プログラムには作曲者の次に大きく名前が載り、同じ曲でも「誰が振ったか」で録音が聴き比べられます。

「指揮者は何をしているのか」という問いには、拍を示す人、テンポを決める人、音楽の解釈をまとめる人、と答え方がいくつもあります。どれも間違いではありませんが、観客から見えている本番の動きは、仕事のごく一部にすぎません。

この記事では、指揮棒が使われる前の時代から、19世紀に指揮者自身が書き残した理論、奏者が指揮のどこを見ているかを測った近年の研究、そして指揮者を置かない楽団までをたどり、指揮者の仕事を分解してみます。

指揮者の仕事は三つの段階に分かれる

指揮者の仕事は、大きく三つの段階に分けて考えると見通しがよくなります。演奏会の前に楽譜を読み込む段階、奏者と音を合わせるリハーサルの段階、そして本番で合図を送る段階です。

最初の段階で扱うのがスコア(総譜。全パートを縦に並べて1冊にまとめた楽譜)です。奏者の手元にあるのは自分のパートだけのパート譜で、曲全体の中で自分がどんな役割を担っているかは、パート譜からは分かりにくいことがあります。全体を見渡しているのは、スコアを持つ指揮者だけです。

スコアの読解には、楽器ごとの事情の理解も含まれます。たとえばクラリネットやホルンは移調楽器(楽譜に書かれた音と実際に鳴る音の高さが異なる楽器)で、スコア上では同じ高さに見えない音どうしが、実際には同じ音として鳴ります。どの楽器がどの音域でどのくらいの音量を出せるかを知らなければ、バランスの指示は出せません。

段階主な作業観客から見えるか
準備スコアの読解・テンポや強弱の方針決め・版の違いの確認・パート譜への書き込みの指示見えない
リハーサル音量のバランス調整・合わせにくい箇所の練習・言葉による解釈の共有見えない
本番拍とテンポの提示・入りの合図・強弱や表情の身振りによる伝達見える

19世紀の作曲家エクトル・ベルリオーズ(Hector Berlioz)は、指揮者に求められる条件として、よく見て聴けること、各楽器の構造と音域と性格を知っていること、スコアを読めることを挙げています。ここで大切なのは、本番の身振りがこれらの準備の上に成り立っていることです。

杖・弓・鍵盤 — 指揮棒以前のまとめ役

いまのような細い指揮棒が一般的になる前にも、合奏をまとめる役割は存在しました。17世紀のフランス宮廷で活躍したジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste Lully)は、長い杖で床を打って拍を示していたとされます。1687年、王の病気回復を祝う『テ・デウム』を指揮していた際に杖で自分の足を突き、その傷がもとで同年に亡くなったと伝えられています。

18世紀には、チェンバロ(鍵盤楽器)の奏者が和音で全体を支え、首席ヴァイオリン奏者が弓や体の動きで合図を出す形が広く見られました。この時代の配置と合図の仕組みは、オーケストラの並び方を扱った記事で詳しく紹介しています。

1820年、ロンドンのリハーサル

指揮棒の普及を語るときによく引かれるのが、ドイツのヴァイオリン奏者で作曲家のルイ・シュポーア(Louis Spohr)が自伝に残した記述です。1820年、ロンドンのフィルハーモニック協会に招かれたシュポーアは、当時の慣習ではピアノ奏者が楽譜を前に座ってまとめ役を務めるところを、自分はスコアを置いた譜面台をオーケストラの前に別に立て、上着のポケットから指揮棒を取り出して振った、と書いています。

自伝によれば、その場にいたピアノ奏者フェルディナント・リース(Ferdinand Ries)がスコアを譲り、演奏はそれまでより正確になったといいます。シュポーアは「拍を示す道具としての指揮棒の勝利は決定的だった」とまで記しています。

ただし、この記述は後年に書かれた回想です。指揮棒を使ったのはリハーサルだけで、演奏会の本番では従来どおりピアノ奏者が座っていたのではないかと、当時の記録との食い違いを指摘する研究者もいます。一つの出来事で指揮棒が「発明」されたわけではなく、19世紀前半に各地で少しずつ広がったと考えるのが穏当です。

組織の側でも、指揮者は独立した職として位置づけられていきます。ライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団は、フェリックス・メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy)が1835年に「ゲヴァントハウス・カペルマイスター」に就いたことを楽団史の画期として紹介しており、この職名を「指揮者であり音楽監督」と説明しています。

ベルリオーズが書いた「拍の図形」

指揮の技術を体系的に書いた早い例が、ベルリオーズの『指揮者 — その芸術の理論』です。1855年に刊行された『近代楽器法・管弦楽法大概論』の増補版に1章として加えられ、翌年には単独の冊子としても出版されました。いまもフランス国立図書館の所蔵本をもとにした電子版で全文を読むことができます。

ベルリオーズは、指揮者が使うのは「長さ半メートルほどの軽い小さな棒で、暗い色より白い方がよい(よく見えるから)」と書いています。ヴァイオリンの弓で指揮する方法も当時は残っていましたが、弓はしなりやすく空気の抵抗も受けるため、棒より不正確だとしています。

2拍子・3拍子・4拍子の振り方

同書の中心は、拍子ごとの棒の動かし方です。現在の指揮法の教本に載っている図形と、ほぼ同じものがここで示されています。

拍子ベルリオーズが示した動き(指揮者から見て)
2拍子1拍目を上から下へ、2拍目を下から上へ
3拍子1拍目を下へ、2拍目を左から右へ(外側へ)、3拍目を上へ
4拍子1拍目を下へ、2拍目を右から左へ、3拍目を左から右へ横切り、4拍目を斜めに上へ

3拍子の2拍目について、ベルリオーズは多くの指揮者が左から右へ振る一方、一部のドイツの楽長は右から左へ振ると書き、前者の方がよいと述べています。理由は見え方です。内側へ振ると腕の動きが体に隠れて一部の奏者にしか見えませんが、外側へ、肩より少し上で振れば、棒は全員の目に見えるからです。

拍の図形が「美しさ」よりも「全員から見えること」を基準に決められている点は、指揮の本質をよく示しています。ベルリオーズは、動きは小さく速く、主に手首で行うべきだとも書いています。腕を大きく振り回すと、棒の位置が拍の瞬間からずれてしまうためです。

木の指揮台の上に、白く細い指揮棒と開いたままの大判のスコアが置かれている静物を斜め上から見た図。スコアには鉛筆の小さな書き込みの跡があり、窓からの柔らかな光が当たっている。人はいない
演奏会の前、指揮者の仕事の多くはスコアの上で行われる。ベルリオーズは指揮棒を「長さ半メートルほどの軽い棒で、白い方がよい」と書いた

電気仕掛けのメトロノーム

同書には、舞台裏の合唱や別動隊のバンドのように、オーケストラが聴こえず指揮者も見えない演奏者に拍を伝える装置も紹介されています。ブリュッセルの劇場に据えられた「電気メトロノーム」で、指揮者が左手の人差し指で銅の鍵を押すと電気回路が閉じ、離れた場所に置いた棒が振れる仕組みでした。ベルリオーズは、1855年にパリの産業宮で1,000人を超える演奏者を集めた演奏会でこれを使ったと書いています。

テンポを決めるのは誰か — ワーグナーの『指揮について』

拍を示すことと、テンポを決めることは別の仕事です。この点を正面から論じたのが、リヒャルト・ワーグナー(Richard Wagner)が1869年に発表した『指揮について』です。雑誌に掲載されたのち、同じ年にライプツィヒで単行本になりました。

ワーグナーの主張の核は、「正しいテンポを導く唯一の手がかりは、メロス(旋律の流れ)を正しく理解することだ」という一文にあります。メトロノームの数字や拍の打ち方ではなく、旋律がどう歌われるべきかを理解すれば、テンポは自然に決まるという考え方です。

その手本としてワーグナーが挙げたのが、1839年にパリ音楽院の演奏会協会がフランソワ=アントワーヌ・アブネック(François-Antoine Habeneck)の指導のもとで演奏したベートーヴェンの交響曲第9番でした。オーケストラが旋律を「歌う」まで練習を重ねた結果、正しいテンポがおのずと見つかった、とワーグナーは書いています。

テンポを「動かす」ことの是非

ワーグナーはさらに、楽章の途中でもテンポを場面に応じて変化させるべきだと論じました。後期のベートーヴェンでは、ゆったり歌う部分と、リズムが細かく動く部分が一つの楽章の中で入れ替わるため、テンポも一定ではありえない、という主張です。

一方でベルリオーズは、テンポは指揮者ではなく作曲者の感覚で決めるべきだとし、メトロノーム記号を無視することを「不誠実な行為」とまで呼んでいます。ただしベルリオーズも、数字を機械的に守れば演奏が硬くなると認めており、両者の違いは「どこまで動かしてよいか」の幅にあります。

この議論は現在も決着していません。楽譜の指示にできるだけ忠実であろうとする立場と、作品の流れから自由にテンポを動かす立場のあいだで、指揮者ごとに選択が分かれます。同じ曲でも録音によって演奏時間が大きく異なることがあるのは、こうした選択の違いが積み重なるためです。

奏者は棒のどこを見ているのか — 動きを測った研究

指揮の身振りが奏者に何を伝えているかは、長く経験と勘の領域でした。21世紀に入ると、モーションキャプチャ(体に付けた目印の位置をカメラで記録する技術)を使って、これを数値で調べる研究が現れます。

ジェフ・ラック(Geoff Luck)とジョン・スロボダ(John Sloboda)が2009年に学術誌『ミュージック・パーセプション』に発表した研究では、24人の参加者に、指揮の動きを光の点だけで表示した映像を見せ、拍に合わせてタップしてもらいました。その結果、参加者が拍を感じ取る主な手がかりは、棒の軌跡に沿った「加速度」の大きさだったと報告されています。棒の位置そのものより、速さの変わり方が拍として読まれていたことになります。研究では拍の明確さやテンポを変えた条件も比べられ、条件によって手がかりの重みが変わることも示されました。

これは、ベルリオーズが「小さく速い動き」を求めた理由とも符合します。打点の前後で棒の速さがはっきり変われば、それだけ拍が読みやすくなるからです。

指揮者から奏者へ、奏者から奏者へ

イタリアの研究チーム(アレッサンドロ・ダウジーリオ〈Alessandro D'Ausilio〉ら)が2012年に学術誌『プロス・ワン』に発表した研究は、指揮者と奏者の「影響の向き」を調べました。フェラーラの楽団のヴァイオリン奏者8人と指揮者2人を対象に、弓と指揮棒に付けた目印の動きを毎秒240回記録し、5曲をそれぞれ3回ずつ、計30の演奏を分析しています。

分析にはグレンジャー因果性(ある時系列の過去の値が、別の時系列の将来の値を予測する助けになるかを調べる統計手法)が使われました。演奏の録音は、録音に参加していない10人の音楽家が評価しています。その結果、指揮者から奏者への影響が強く、奏者どうしの影響が弱まっている演奏ほど、評価が高い傾向が見られました。

ただし、この手法が示すのは統計的な予測の関係であり、厳密な因果関係ではありません。対象も指揮者2人・限られた曲目で、論文自身も一部の曲では傾向が一致しなかったことを報告しています。「指揮者の影響が強いほど良い演奏になる」と一般化するには、まだ材料が足りないと考えるべきでしょう。

指揮者のいない楽団が示すもの

指揮者の役割を逆から照らすのが、指揮者を置かずに演奏する楽団です。1922年にモスクワで結成されたペルシムファンスは、ロシア語で「第一交響アンサンブル」を縮めた名前を持ち、指揮者を置かずに舞台に立ちました。英字紙モスクワ・タイムズの2009年の記事によれば、楽団内の対立や政治的な圧力のなかで1932年に活動を終え、2000年代の終わりにモスクワの演劇学校の関係者が同じ形式の演奏を復活させています。

ニューヨークのオルフェウス室内管弦楽団は、1972年にチェロ奏者ジュリアン・ファイファー(Julian Fifer)が20代前半のフリーランス奏者を集めて始めた楽団です。公式サイトは、楽団が「指揮者との関係だけは一度も必要としなかった」と書き、最初の公演からリーダー役を団員の間で持ち回りにしてきたと説明しています。

これらの楽団で、指揮者の仕事が消えたわけではありません。誰かがテンポを決め、誰かが入りの合図を出し、誰かが全体のバランスを聴いて調整しています。つまり、指揮者が一人で担っていた仕事を、団員が分担しているのです。

その分担を成り立たせるには、団員が自分のパートだけでなく、曲全体の構造をある程度理解している必要があります。合図を出す役が曲や楽章ごとに替わるのであれば、誰もが一度は「全体を見渡す側」に立つことになるからです。指揮者のいない楽団は、指揮者の仕事が「棒を振ること」ではなく「全体を把握して判断すること」であることを、かえってはっきり示しているといえます。

夕暮れの小さなリハーサル室の床を真上から見下ろした図。円く並べた椅子と譜面台の中央には指揮台がなく、椅子の上や脇にヴァイオリン、チェロ、管楽器のケースが置かれている。人はいない
指揮者を置かない合奏のイメージ。奏者どうしが互いを見て聴けることが前提になり、テンポや合図の役割は団員の間で分担される

指揮者になる道と、指揮が必要になる現場

指揮者の育成は、音楽大学の指揮科やマスタークラスのほか、コンクールも大きな入り口になってきました。フランスのブザンソン国際音楽祭で1951年に始まった若手指揮者のためのコンクールはその代表で、1959年には小澤征爾が第1位を得ています。ボストン交響楽団の公式プロフィールによれば、審査員だったシャルル・ミュンシュ(Charles Munch)の招きで、翌年の夏にタングルウッド音楽祭に参加したことが、その後の経歴の起点になりました。

一方で、指揮の技術が求められる場面はオーケストラの定期演奏会に限りません。吹奏楽や合唱、ミュージカルのピット、映画やゲームの劇伴の録音セッションなど、複数の奏者が同じ楽譜を合わせる現場には、全体を聴いて判断する役が必要です。映像に合わせた録音では、クリック(拍を刻む電子音)と指揮をどう併用するかも課題になります(映像と音楽の同期を扱った記事)。

こうした現場では、指揮者に加えて、スコアを書く編曲家、パート譜を整える写譜の担当、録音を管理するエンジニアが協力して一つの音を作ります。制作のどの工程を誰に頼むかを整理したいときは、依頼する側に向けたガイドが参考になります。指揮・編曲・演奏の経験をもつ人のポートフォリオはミュージシャンを探すページで探せ、単発の案件は仕事の一覧に掲載されています。

小さな動きの裏にある大きな準備

指揮者の仕事をたどると、本番で見えている身振りは、氷山の一角だということが分かります。棒の動きが伝えるのは拍とテンポと表情ですが、その中身を決めているのは、スコアの読解とリハーサルでの積み重ねです。

ベルリオーズは、技術だけを身につけた指揮者を「拍を打つだけの人」と呼び、指揮者には「彼が感じていることを、奏者が感じ取れる」ことが必要だと書きました。ワーグナーは、旋律の理解がテンポを決めると説きました。19世紀の二人の作曲家がともに、指揮の核心を手の動きではなく音楽の理解に置いていたことは注目に値します。

近年の計測研究は、奏者が棒の加速度から拍を読み取っていることや、指揮者の影響の強さと演奏の評価に関係が見られることを示し始めています。ただし、解釈という最も重要な部分は、まだ数値では捉えきれていません。

演奏会で指揮者を見るときは、腕の動きの大きさよりも、入りの直前に誰の方を向いているか、どの瞬間に動きを小さくしているかに目を向けると、その人が曲のどこを大切にしているのかが少し見えてきます。

参考・出典