2023年4月、ある楽曲がSNSで1,500万回以上再生され、Spotifyでも60万回聴かれました。歌っているように聞こえたのはドレイク(Drake)とザ・ウィークエンド(The Weeknd)ですが、2人はこの曲の存在を知らず、歌声はAIで作られた複製でした。米国著作権局は、報告書の冒頭でこの「Heart on My Sleeve」を取り上げています。
では、誰かに似た声でAIに歌わせて公開する行為は、法的にどう評価されるのでしょうか。日本では2026年に手がかりが相次ぎました。8月に法務省の有識者検討会が解釈指針を公表し、9月には東京地裁が、声もパブリシティ権(氏名や肖像が持つ、商品の販売などを促進する力を独占的に利用する権利)の保護対象になるとの判断を示しました。
この記事では、技術の変化を確認したうえで、両者の内容と未解決の論点、制作現場で確認したいことを整理します。内容は執筆時点(2026年11月)の情報で、個別の事案についての法的助言ではありません。
収録から学習へ — 声の持ち主が関わらなくても作れるように
ヤマハが歌声合成技術「VOCALOID」を発表したのは2003年です。初期の方式は素片連結と呼ばれ、人が発音した短い音の断片を収録しておき、歌詞と旋律に合わせてつなぎ合わせます。専用の収録が必要なので、声の提供者は自分の声が歌声ライブラリになることを知って参加するのが前提でした。

その後、歌声と楽譜の対応を学ぶ方式が広がります。名古屋工業大学の研究者らによるSinsyは、隠れマルコフモデルから深層ニューラルネットワークへ発展しました。生成の仕組みは生成AIはどうやって曲を作るのかで扱っています。
権利の観点で転機になったのは、既存の録音からも学習できるようになったことです。ヤマハは2019年、NHKの番組に協力し、故人である美空ひばりの生前の歌や話し声の音源から、VOCALOID:AIで歌声を再現しました。本人が新たに収録しなくても、録音が残っていれば声を学習できることを示した例です。
さらに身近になったのが、誰かの歌を別の声質に置き換える歌声変換(singing voice conversion)です。オープンソースのRVCは、10分程度の音声でモデルを学習できるとしています。音源分離で歌声だけを取り出せば、市販の楽曲も学習素材になり得ます。ソフトウェアの開発そのものと、特定の人の声を無断で学習させる使い方は、分けて考える必要があります。
著作権法は「声そのもの」を保護していない
歌手や声優は、著作権法上の実演家です。実演を録音・録画する権利(第91条)、送信可能化権(第92条の2)、氏名表示権(第90条の2)、名誉や声望を害する改変を受けない同一性保持権(第90条の3)を持ち、権利は原則として実演の翌年から70年続きます(第101条)。
ただし、対象は特定の「実演」とその録音です。本人の録音を複製すれば問題になり得ますが、AIが新たに生成した音声は本人の実演の録音ではありません。声質が似ているだけでは、実演家の権利が直ちに及ぶとは言いにくいのです。
文化審議会著作権分科会法制度小委員会が2024年にまとめた「AIと著作権に関する考え方について」は、著作権を中心に検討したものです。「俳優・声優等の声を含んだ実演・レコード等の利用とAIとの関係」は今後の検討課題として残されました。第30条の4など著作権全般の整理は、AIが作った音楽は誰のものかをご覧ください。
米国も出発点は同じです。米国著作権局の報告書は、歌手ベット・ミドラー(Bette Midler)の声の模倣をめぐる1988年の判決から「声は著作権の対象にならない」という趣旨の一節を引き、声は生物学的な条件や環境、訓練や才能の産物であって著作物ではないと説明しています。
法務省の指針と東京地裁判決 — 声は「人格の象徴」
日本でパブリシティ権の基準を示したのは、2012年の最高裁判決(ピンク・レディー事件)です。最高裁は、侵害になるのは「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とする」場合だとし、次の3類型を例示しました。
- 肖像等それ自体を、独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する(第1類型)
- 商品等の差別化を図る目的で、肖像等を商品等に付す(第2類型)
- 肖像等を商品等の広告として使用する(第3類型)
判決は「氏名、肖像等」と書くだけで、声には触れていません。担当調査官の解説は声が含まれると述べていましたが、裁判例の蓄積はありませんでした。
法務省の「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」は、2026年4月から7月まで5回開かれ、8月7日に報告書を公表しました。声は人物を見分ける情報であり個人の人格の象徴でもあるとして、パブリシティ権の保護対象になると明記しています。もっとも、位置づけは法律ではなく解釈指針です。
9月30日には東京地裁が、声優の津田健次郎さんがTikTokの運営会社に動画の削除を求めた訴訟で判決を言い渡しました(令和7年(ワ)第70635号)。報道によると、匿名アカウントが声質を似せたナレーション付きの動画を188本投稿したとされる事案です。原告側は声質で商品価値が高められたと主張し、運営会社側は「普遍的な男性」の声で混同のおそれはないと反論していました。
判決は、人の声は肖像と同様に個人の人格の象徴であり、声の顧客吸引力の利用を専らの目的とする無断使用は侵害に当たるとの考え方を示しました。一方、動画はすでに削除されていたとして請求は棄却しています。報告書の第1.1版はこの判示を傍論(結論に直接必要ではない判断部分)と位置づけており、動画が侵害に当たるかは判断されていないと報じられています。原告側は控訴しない方針とされます。
AIカバーはどこから問題になるのか — 指針の想定事例を読む
音楽関係者に最も関わりが深いのは、報告書の「想定事例2」です。歌手や、声優が演じるキャラクターによく似た歌声で既存の楽曲を歌う音源を生成AIで作り、SNSで公開して収益を得た場合を検討しています。
顧客吸引力は「有名かどうか」だけでは決まらない
著名であれば声に顧客吸引力は認められ、一部の分野や地域でしか知られていなくても、一定の視聴者層に販売を促す効果があれば認められます。声優の氏名や顔が広く知られている必要もありません。一方、実在の人の声ではない合成キャラクターの声は、この保護の対象になる顧客吸引力を持つとはいえないとされました。
「本人の声」かは、類似と付加情報を合わせて判断する
生成された声は本人の声と完全には一致しません。そこで報告書は、声質や歌い方の類似の程度に、タイトルや説明文など本人を想起させる情報を合わせ、聴き手が本人の声と識別できるかで判断するとしています。声紋鑑定は考慮要素の一つにとどまり、決定的ではありません。名前を掲げても、聴覚的におよそ似ていなければ本人の声とはいえないとも整理しています。
見落としやすいのがタイトル表示の働きです。「AI歌手Xに曲を歌わせてみた」という表示は、不正競争防止法の混同惹起行為(第2条第1項第1号)については、混同を生じさせる行為とは言いにくくする方向に働きます。ところがパブリシティ権では、本人の名前を示すことで「Xの声を使った」という評価を肯定する要素になります。「AIと明記すれば安全」とは言えないのです。
「声まね」とは何が違うのか
物まねや声まねは、通常は演者自身の名前を明らかにして行われ、人の目を引くのは芸の力だと考えられます。そのため原則として侵害には当たらないと解されます。ただし、演者の名を示さず、本人を示すものと誤解されるような場合は、侵害となる余地が残ります。
報告書の考え方をまとめると次のようになります。結論は個別の事情で変わるため、あくまで目安です。
| 場面 | 報告書の整理 |
|---|---|
| 似た歌声のAIカバーを公開し、収益を得る | 本人の声と識別されれば第1類型(立場により第2類型)と評価され得る |
| 広告のナレーションに似た声を使う | 第3類型の具体例 |
| 収益目的なく興味本位でSNSに公開 | 3類型には当たりにくいが、閲覧数の獲得で本人に営業上の不利益を生じさせれば「など」に当たり得る |
| 名前を示した芸としての声まね | 原則として侵害に当たらない |
| わいせつな文章を読み上げさせて公開 | 収益の有無や有名かどうかにかかわらず、声をみだりに利用されない権利の侵害となる可能性が高い |
最後の行の声をみだりに利用されない権利は、商業的価値ではなく精神的な利益を守る別の権利で、一般の人の声も対象です。偶然似た声が生成された場合でも、似ていると認識しながら公開を続ければ侵害となる場合があるとされています。
モデル配布、学習、事務所、故人 — 責任はどこまで及ぶか
声優有志が検討会に提出した資料は、被害を3段階で説明しています。アニメやゲームから音声を抜き出す「学習素材化」、特定の声に特化したモデルの配布・販売(ECサイトで2,000円台の例があるとしています)、SNSでの「拡散・投稿」です。音源ごとの削除申請は「いたちごっこ」で、声だけが使われた動画では制作会社が動けない場合もあると訴えています。

モデルの提供と学習行為
報告書によれば、生成AIのモデルやサービスの提供は3類型に直接当たらないのが原則です。ただし、著名人の声を簡単に生成できることを売りに有償で提供する場合は、3類型に準ずる行為として侵害と評価され、差止めの対象になり得ます。特定の声に特化した学習用データセットの販売も同様です。
事業者は、侵害に寄与したと評価されれば共同不法行為(民法第719条)の責任を負う可能性がある一方、侵害の可能性を減らす措置を講じていれば有利に評価され得ます。学習行為それ自体が侵害に当たるかは、検討会でも意見が分かれました。
誰が請求できるのか
実務で影響が大きいのが事務所の扱いです。公正取引委員会の2024年の調査では、回答した芸能事務所714名のうち、実演家のパブリシティ権を譲渡または帰属させているのは59%でした。しかし権利の譲渡性については裁判例も学説も分かれ、事務所による請求の可否について検討会は見解の一致に至りませんでした。声優有志の資料は、本人が制作側との関係から矢面に立ちにくい事情も挙げています。
故人の声
死後のパブリシティ権の存続期間や請求権者は明確ではありません。別の枠組みとして、遺族の敬愛追慕の情(故人を慕う気持ち)の侵害が考えられるとされています。米国でも州ごとの差が大きく、死後の保護を認める27州のうち、期間はバージニア州の20年からインディアナ州の100年までさまざまで、テネシー州は継続的に利用されている限り続きます。
海外は立法で動く — 米国、中国、デンマーク
米国テネシー州は2024年、通称ELVIS Actでパブリシティ権の法律を声にまで広げ、同年7月に施行しました。声を「特定の個人のものと容易に識別できる音」と定義し、実際の録音と模倣の両方を対象にしたうえ、本人の許諾なく声を作り出すことを主な目的や機能とするツールの提供も責任の対象に含めています。
連邦レベルでは、米国著作権局が2024年7月に新法の制定を勧告しました。有名人に限らず全員を保護すること、保護は少なくとも生涯にわたること、責任は作成だけでなく流通や公開に問うこと、ライセンスは認めても完全な譲渡は認めないことなどが骨子で、作風(style)は対象に含めることを勧めていません。NO FAKES Act(S.1367)は2025年4月に提出されましたが、執筆時点で成立は確認できませんでした。
中国の民法典第1023条は、自然人の声の保護に肖像権の規定を準用しています。北京インターネット法院は2024年4月、声をAI化して販売された声の仕事の従事者について、声の権益がAI音声にも及ぶとして、謝罪と25万元の賠償を命じました。判決を伝える記事によれば、録音物についての許諾は声についての許諾を意味しないと判断しています。
デンマークは、同意のない顔や声の精巧な合成物の共有を規制する著作権法改正案を2026年10月に議会へ提出すると報じられ、2027年初めの施行を目指しているとされます。
日本でも、報告書が引用する知的財産推進計画2026が、不正競争防止法の改正を含むハードロー(法律による規律)の必要性を議論するとしています。2026年10月には、経済産業省が同法の保護対象に声や肖像を明記できないか検討を始めたと報じられました。
声を使う制作の実務 — 依頼の前に確認したい6項目
声の複製がすべて問題になるわけではありません。米国著作権局の報告書は、脳卒中で発話が難しくなった歌手ランディ・トラヴィス(Randy Travis)が生成AIで新曲を発表した例を紹介しています。グライムス(Grimes)は2023年、自分のAI音声を使った曲の原盤使用料を50%ずつ分ける条件を示しました。同意と対価の設計があれば、声は協業の素材にもなります。配信面でも、Spotifyは2025年9月に、声の模倣は本人が許諾した場合にのみ認めると明文化しました。
広告、ゲーム、映像などで合成の歌声やナレーションを使うときは、次の項目を依頼前に書面で確認しておくと、後の紛争を減らせます。
- 声の本人の許諾 — 録音やモデルの権利者と声の持ち主は別人のことがあります。本人の同意を確認します
- 学習に使う素材 — どの録音を学習に使うのか。市販音源や他社作品から抜き出した声を混ぜていないか
- 用途と媒体 — 楽曲、広告、ゲーム内音声など、使う場面と配信先を具体的に書きます
- 期間と終了後の扱い — 許諾期間と、終了後にモデルや学習データを削除するか
- 再学習と第三者提供 — モデルを別の案件に使えるのか、他社に渡せるのか
- 表示と報酬 — AI合成であることをどう表示するか、1回払いか利用量に応じた分配か

発注する側は、「あの人の声に似せて」という指示そのものに注意が必要です。報告書の注は、企図して本人に似た音声を生成・公表した場合は、学習データに本人の声が含まれるかどうかにかかわらず、権利侵害となる可能性があるとしています。声質の方向性を探すなら、ポートフォリオで実在の歌い手を聴き比べ、本人に依頼するのが確実です。発注の進め方は発注者向けガイドにまとめています。
歌う側は、事務所との契約に権利の帰属の条項があるか、制作会社との契約に音声の学習やAI利用の定めがあるかを確認してください。声を仕事にする人向けの情報は音楽人材向けガイドでも案内しています。判断に迷う場合は、弁護士など専門家への相談をおすすめします。
まだ引かれていない線 — 「どこまで似ていれば本人の声か」
2026年の動きで明確になったのは、声がパブリシティ権の保護対象になるという出発点です。ただし、指針は法律ではなく、東京地裁の判断も個別の動画の侵害を認定したものではありません。実際の音源で「どの程度似ていれば本人の声といえるのか」を裁判所が示すのは、これからです。第1類型と第2類型のどちらで捉えるか、学習行為の評価、事務所による権利行使、死後の保護も決着していません。
技術の側では、本人の参加を前提にしない声の複製がすでに可能です。だからこそ「誰の声で、誰が許諾したか」を説明できることが、制作者の基本的な備えになりつつあります。制度は今後も変わる可能性があるため、公開時には最新の情報を確認してください。
参考・出典
- 肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書 第1.1版(法務省・2026年)
- 声優の被害状況と声の保護に必要な対策(声優有志一同・法務省検討会資料・2026年)
- AIと著作権に関する考え方について(文化審議会著作権分科会法制度小委員会・2024年)
- 著作権法(e-Gov法令検索)
- Copyright and Artificial Intelligence, Part 1: Digital Replicas(米国著作権局・2024年)
- 東京地裁判決についての報道(弁護士ドットコムニュース・2026年)
- 美空ひばりの新曲ライブの実現を支援(ヤマハ・2019年)
- Sinsy: A Deep Neural Network-Based Singing Voice Synthesis System(Honoら・2021年)
- Retrieval-based Voice Conversion WebUI(RVC-Project)
- ELVIS Alive: Tennessee First to Implement Rights of Publicity Protections Against AI(ArentFox Schiff・2024年)