ピアノは「弦をハンマーで叩く楽器」だと説明されます。けれども奏者の指が直接ハンマーを持っているわけではありません。鍵盤とハンマーのあいだには、木のレバー、フェルト、革、小さなバネ、ねじが組み合わさった仕掛けがあり、指の動きはそこを通ってから弦に届きます。この仕掛けをアクション(action)と呼びます。
アクションの仕事は、一見すると矛盾しています。ハンマーを勢いよく弦にぶつけながら、ぶつけた瞬間には弦から離さなければならない。鍵盤を押さえたままでも、次の音をすぐ弾けるように準備しなければならない。そして、指でそっと押したときと強く押したときの違いを、ハンマーの速さとして正確に伝えなければならない。
この記事では、現代のグランドピアノのアクションがどんな部品でできているのかを見たうえで、1700年ごろのフィレンツェで生まれた最初の仕組みから、19世紀の改良、打鍵の瞬間を測った音響学の研究、そして調律師が担う「整調」の仕事までをたどります。
鍵盤からハンマーまで — グランドピアノのアクションの部品
現代のグランドピアノで鍵盤を押したときに動く部品は、役割で分けると「持ち上げる」「離す」「受け止める」「止める」の4つに整理できます。
鍵盤は、中ほどを支点にしたシーソーのような長い木のレバーです。奏者が手前を押し下げると奥が持ち上がり、奥の上面に立つキャプスタン(高さを調整できるねじ)が、その上に載ったウィペン(wippen。ハンマーを押し上げるための中間のレバー部品)を持ち上げます。ウィペンにはジャックという小さな突き上げ棒が付いていて、これがハンマーの根元を下から押し上げます。ここまでが「持ち上げる」部分です。
ハンマーは、細い木の柄(シャンク)の先に、硬く圧縮した羊毛のフェルトを巻いた頭が付いた部品です。スウェーデン王立音楽アカデミーが1990年に刊行した講義録で、アンダース・アスケンフェルト(Anders Askenfelt)とエリック・ヤンソン(Erik Jansson)は、ハンマーが鍵盤のおよそ5倍の距離を、ほぼ同じ時間で動くと説明しています。てこの比によって、指の小さな動きがハンマーの大きな速さに変わるのです。
静止しているハンマーの頭と弦のあいだの距離(打弦距離)は、同じ講義録によれば典型的に45〜47mmです。ハンマーは弦に届く直前、弦まで1〜3mmの位置でジャックから外れ、残りを惰性で飛びます。この「外れる」瞬間を決めるのがエスケープメント(離脱機構)で、外れる位置をレットオフ(let-off)と呼びます。
弦を叩いて跳ね返ったハンマーは、鍵盤の奥に立つバックチェック(革を貼った受け止め部品)につかまれ、弦をもう一度叩かないように止められます。グランドピアノではさらに、ウィペンの上のレペティションレバーがハンマーを少し持ち上げた位置で支え、鍵盤が戻りきる前にジャックを元の位置に戻します。これが連打を可能にする仕組みで、後の章で詳しく見ます。
最後が「止める」部分です。鍵盤を押すと、鍵盤の奥の端がダンパー(弦に載ったフェルトの消音具)を持ち上げ、弦が自由に振動できるようにします。鍵盤を離すとダンパーが弦に戻り、音が止まります。右のペダルは、このダンパーを全部まとめて持ち上げる装置です。

「弦から離れる」ための発明 — クリストフォリとエスケープメント
このエスケープメントを最初に実用化したのが、イタリアの楽器製作者バルトロメオ・クリストフォリ(Bartolomeo Cristofori・1655〜1731年)です。メトロポリタン美術館の解説によれば、フィレンツェのメディチ家の1700年の楽器目録に、クリストフォリによる「新しい発明の、弱い音と強い音を出す」鍵盤楽器が記載されています。これがピアノの誕生を示す最も早い記録とされています。
それまでの鍵盤楽器の主役だったチェンバロ(ハープシコード)は、鍵盤を押すと爪が弦をはじく仕組みで、指の強さを変えても音量はほとんど変わりません。一方、鍵盤で金属片を弦に押し当てるクラヴィコードは強弱をつけられますが、音量そのものが小さい楽器でした。強く叩けて、しかも強弱を付けられる楽器を作るには、ハンマーで弦を打つ必要があります。
ところが、ハンマーを鍵盤に固定したまま弦を叩くと、鍵盤を押さえている間ハンマーが弦に触れ続け、振動を止めてしまいます。クリストフォリはこの問題を、ハンマーを途中まで押し上げてから突き上げ棒を外し、ハンマーを弦に向けて「投げる」仕組みで解決しました。さらに、跳ね返ったハンマーを受け止めて二度打ちを防ぐ部品と、鍵盤を離すと弦を押さえる消音装置も備えていました。現代のアクションの基本的な役割は、この時点ですでにそろっていたことになります。
1711年には、作家のシピオーネ・マッフェイ(Scipione Maffei)がヴェネツィアの学術誌『ジョルナーレ・デ・レッテラーティ・ディターリア』にこの楽器を紹介する記事を書き、「弱音と強音の出るチェンバロ(gravicembalo col piano, e forte)」と呼びました。メトロポリタン美術館は、これを「ピアノフォルテ」という名前の最初の用例としています。
クリストフォリのピアノは現在3台が残っています。最も古い1720年製はニューヨークのメトロポリタン美術館、1722年製はローマの国立楽器博物館、1726年製はライプツィヒ大学楽器博物館の所蔵です。メトロポリタン美術館の1720年製は鍵盤が54鍵で、ペダルはありません。現代のピアノは88鍵ですから、音域は3分の2ほどでした。

はね上げるか、突き上げるか — ウィーン式とイギリス式
クリストフォリの仕組みは、その後の100年あまりで二つの系統に分かれていきます。東京音楽大学の岡田敦子の論考は、この分岐を「ピアノという楽器の誕生から今日までの歩みのなかで、もっとも劇的な転換点」と位置づけています。
一つはウィーン式アクションです。ドイツ南部アウクスブルクのヨハン・アンドレアス・シュタイン(Johann Andreas Stein・1728〜1792年)が1770年代にかけて完成させた形で、ドイツ語でプレルメカニーク(Prellmechanik。はね上げ式)と呼ばれます。メトロポリタン美術館の解説によれば、クリストフォリの中間のレバーを省き、ハンマーを鍵盤の上に直接取り付けたのが特徴です。鍵盤を押すとハンマーの根元の突起が固定された爪に引っかかり、てこの原理でハンマーの頭がはね上がります。
1777年、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)はアウクスブルクを訪れてシュタインの楽器を調べ、父への手紙でその仕上がりを高く評価しました。同じ年の演奏会では、3台のシュタインのピアノで3台のクラヴィーアのための協奏曲(K.242)が演奏されたと、同館の解説は伝えています。
もう一つは、クリストフォリの「下から突き上げる」構造を受け継いだイギリス式アクションです。岡田によれば、この系統はイタリアからドイツを経てイギリスに渡り、ロンドンのジョン・ブロードウッド(John Broadwood)やパリとロンドンに工房を持ったセバスチャン・エラール(Sébastien Érard・1752〜1831年)らによって完成されていきました。
二つの系統の手ざわりの違い
岡田は両者の特徴を次のように整理しています。
| 項目 | ウィーン式(はね上げ式) | イギリス式(突き上げ式) |
|---|---|---|
| 鍵盤 | 浅く、軽い | より深く、重い |
| 強弱の付け方 | 主にタッチの速度 | 速度に加えて重さでも |
| エスケープメント | シングル | ダブル(エラールのみ) |
| 低音 | 高音部に対して弱い | より深みがある |
19世紀の中ごろからは音量と力強さで勝るイギリス式が優勢になり、20世紀に入るとウィーン式は衰退しました。今日「ピアノ」と呼ばれる楽器は、すべてイギリス式の流れにあります。岡田は、フレデリック・ショパン(Frédéric Chopin)がポーランド時代にはウィーン式の楽器を使い、1831年にパリへ移ってからはイギリス式のプレイエルとエラールを使ったことに注目し、その違いが作品の書き方にどう表れているかを論じています。
鍵盤が戻りきる前に — ダブルエスケープメントとアップライト
イギリス式アクションの最大の改良が、エラールのダブルエスケープメントです。ロンドンのホーニマン博物館の収蔵品解説は、エラールが1821年にこの新しいアクションの特許を取ったとしています。鍵盤とハンマーのあいだにもう一つのレバーを加えたことで、強弱の制御と連打の性能が大きく向上したと同館は説明しています。
シングルエスケープメントでは、一度外れたジャックがハンマーの下に戻るには、鍵盤がほぼ元の高さまで戻る必要がありました。ダブルエスケープメントでは、レペティションレバーが打弦後のハンマーを途中の高さで支えている間に、ジャックが先にハンマーの下へ戻ります。そのため、鍵盤が半分ほど戻った段階で次の打鍵ができます。速いトリルや同じ音の連打がグランドピアノで弾きやすいのは、この仕組みによるところが大きいとされます。
縦に立てたピアノの工夫
家庭や学校で多く使われるアップライトピアノは、弦とフレームを縦に立てた形です。この場合ハンマーは水平方向に動いて弦を叩くので、グランドピアノのように「ハンマーが自分の重さで落ちて戻る」ことを期待できません。ヤマハの楽器ガイドも、グランドピアノではハンマーが自重で戻るのに対し、アップライトピアノではハンマーの戻りをバネで補っていると説明しています。
ハンマーを確実に引き戻すために使われてきたのが、細い布のテープです。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館は、イギリスの製作者ロバート・ウォーナム(Robert Wornum)が1837年ごろから自社のアップライトピアノでテープ・チェック式のアクションを発展させたと記録しています。ウィペンとハンマーをテープでつなぎ、鍵盤が戻るときにハンマーも引き戻す考え方は、現在のアップライトでも「ブライドルテープ」として受け継がれています。
アップライトには一般にレペティションレバーがなく、同じ音を速く繰り返すには鍵盤をしっかり戻す必要があります。楽器の優劣というより、ハンマーの動く向きによる構造上の違いです。
数ミリ秒の出来事 — 打鍵から打弦、消音まで
アクションの中で起きていることは、目で追える速さではありません。アスケンフェルトとヤンソンの講義録は、グランドピアノの打鍵をセンサーで測った結果を、時間の順に示しています。
それによると、ダンパーはハンマーが弦に届くよりも15ミリ秒ほど前に弦から持ち上がり、余裕をもって弦を自由にします。ジャックがハンマーの根元から外れるのは打弦の1ミリ秒足らず前で、ハンマーはそのわずかな間だけ惰性で飛びます。講義録で例に挙げられた短いスタッカートの音では、ダンパーが打弦からおよそ80ミリ秒後に弦へ戻り、音が止まっていました。
鍵盤の速さとハンマーの速さの関係も測られています。中くらいの強さ(メゾフォルテ)での鍵盤の最高速度は毎秒0.3〜0.5mで、フォルテでも毎秒1mを超えることはまれです。一方でハンマーの速さは鍵盤のおよそ5倍で、フォルテではおよそ毎秒5m(時速18km)に達します。
ハンマーが弦に触れている時間
ハンマーが弦に触れている時間は、低音で約4ミリ秒、最高音域では1ミリ秒未満です。強く弾くほどこの時間は短くなり、メゾフォルテを基準にするとピアノからフォルティッシモまでで約±20%変わります。講義録は、その理由をハンマーのフェルトの非線形な硬さ(速くぶつかるほど硬くふるまう性質)で説明しています。触れている時間が短いほど高い倍音が多く含まれるため、強く弾いた音は単に大きいだけでなく、明るい音色になります。
鍵盤が底(キーベッド)に着くタイミングと打弦のタイミングも、強さによって入れ替わります。メゾフォルテではほぼ同時ですが、弱く弾くと鍵盤が底に着くのは打弦より遅れ、強く弾くと打弦より先になります。その差は20ミリ秒ほどに達することがあると報告されています。奏者が指先で感じる「底に着いた感触」と、実際に音が出た瞬間は、弾く強さによってずれているのです。
タッチで音色は変わるか — 1930年代から続く論争
強さを同じにしたまま、弾き方(タッチ)だけで音色を変えられるのか。この問いは、千葉工業大学の元教授である鈴木英男が日本音響学会誌(2017年)で「ピアノ音響学の未解決問題」と呼んだテーマで、1930年代から議論されてきました。
ピアニストの多くは、タッチによって同じ音の高さ・同じ音量でも音色を変えられると考えます。これに対して音響学者は、ハンマーはジャックから外れた後は自由に飛ぶので、弦にぶつかる速さが同じなら弦の振動も同じになるはずだ、と考えてきました。
ただし鈴木は、その前提である「ハンマーを一つのかたまりとみなせるか」について、研究者の見解が近年変わってきたと述べています。高速度撮影で、ハンマーの柄が打弦の後に大きくしなって振動することが観測され、柄のしなりが音に関わっている可能性が指摘されてきたからです。
同じ音量で弾き比べた実験
鈴木は、ピアニストに協力を得て、一つの音を「指から肩までできるだけ固く保つ弾き方」と「できるだけ柔らかく保つ弾き方」で、同じ音量(ピークレベルが98±0.3dBの範囲)になるよう弾き分けてもらい、音の高さ3種類についてそれぞれ10組ほど録音しました。
倍音を分析すると、中央のドのすぐ下のソ(G3)とその1オクターブ上(G4)では差がかなり小さかった一方、さらに1オクターブ上(G5)では、固い弾き方のほうが倍音のレベルが系統的に高くなりました。その差は、楽器演奏の経験がない学生でも聞き取れる大きさだったといいます。鈴木は、タッチの差が倍音の分布の差をもたらし、それは聞き取れる量だが、ピアニストが期待するほどの結果ではない、とまとめています。結論が出たわけではなく、再現実験や比較試験が今後の課題とされています。
調律・整調・整音 — アクションを整える仕事
どれほど精密に作られたアクションも、使ううちにフェルトが圧縮され、木が湿気で伸び縮みし、ねじが緩みます。アスケンフェルトとヤンソンも、ピアノはよく弾けるためには適切に調整されていなければならない、と述べています。この調整を担うのがピアノ調律師です。
ピアノの手入れは、一般に3つの作業に分けて説明されます。弦の張りを変えて音の高さを合わせる調律、鍵盤の深さやレットオフ、バックチェックの位置などアクションの動きをそろえる整調、ハンマーのフェルトの硬さを針やヤスリで整えて音色をそろえる整音です。
厚生労働省の技能検定にも「ピアノ調律」の職種があります。同省は、ピアノの状態を診断し、全鍵盤を正しい音律に合わせ、鍵盤タッチとペダルが正常に動くよう点検・調整し、問題があれば処置をする職種だと説明しています。試験は指定試験機関の日本ピアノ調律師協会が実施しており、同協会は検定でいう調律を「狭義の調律、整調、修理」を含むものとしています。等級は1〜3級で、1級はグランドピアノとアップライトピアノの両方の調律ができることが求められます。

演奏や録音の現場で
収録やイベントでは、本番前の調律と合わせて、レットオフや連打の具合を奏者の希望に合わせて整えることがあります。マイクの選び方はマイクの種類と選び方、部屋の響きの影響は部屋の響きを整えるで整理しています。
ピアノの奏者や調律・整調の技術者はミュージシャンを探すから職種で探せます。収録やイベントの演奏・調律を条件を示して依頼したい場合は仕事を探すに業務委託の案件を掲載でき、音楽業界の外から初めて依頼する流れは企業の方へにまとめています。
指と弦のあいだにある300年分の工夫
ピアノのアクションは、「強く叩きながら、すぐ離れる」という相反する要求を満たすために生まれました。クリストフォリが1700年ごろに組み込んだエスケープメントとバックチェックとダンパーは、形を変えながら現代のグランドピアノにもそのまま残っています。
その後、軽く浅いウィーン式と深く重いイギリス式が並び立ち、エラールのダブルエスケープメントを経て、イギリス式の系統が現在のピアノになりました。計測の研究は、打鍵から打弦までが数ミリ秒の単位で進むこと、タッチの違いが音にどこまで届くのかが今も議論の途中であることを示しています。
次にピアノを弾くとき、あるいは聞くときには、指先と弦のあいだで動いている小さな部品の連なりを思い浮かべてみてください。
参考・出典
- Five lectures on the acoustics of the piano: From touch to string vibrations(Anders Askenfelt・Erik Jansson/Royal Swedish Academy of Music・1990年)
- The Piano: The Pianofortes of Bartolomeo Cristofori (1655–1731)(The Metropolitan Museum of Art)
- Grand Piano, Bartolomeo Cristofori, 1720(89.4.1219)(The Metropolitan Museum of Art)
- The Piano: Viennese Instruments(The Metropolitan Museum of Art)
- 書かれた時と弾かれる時 — ショパンのピアノ書法をめぐって(岡田敦子/東京音楽大学・2019年公開)
- Grand piano, Erard(M99-1983)(Horniman Museum and Gardens)
- Grand piano, Robert Wornum & Son, about 1870(W.11-1913)(Victoria and Albert Museum)
- ピアノ音響学の未解決問題(鈴木英男/日本音響学会誌73巻4号・2017年)
- ピアノ調律(技能検定の職種紹介)(厚生労働省)
- ピアノ調律技能検定 概要(一般社団法人日本ピアノ調律師協会)