パソコンにオーディオインターフェースをつないで歌を録ろうとすると、ヘッドホンに返ってくる自分の声がわずかに遅れて聞こえることがあります。ギターをソフトウェアのアンプにつなぐと、弦をはじいてから音が出るまでに「間」があって弾きにくい。オンラインで合奏すると、相手のリズムに合わせたはずなのにどんどんテンポが落ちていく。どれも同じ現象、レイテンシ(latency、信号が入ってから出てくるまでの遅れ)の表れです。
レイテンシは機材の不具合ではなく、デジタルで音を扱う以上、必ず生まれるものです。そしてその大半は、バッファ(buffer、データを一時的にためておく領域)という仕組みと引き換えに生まれています。遅れを小さくすれば音が途切れやすくなり、途切れを防げば遅れが大きくなる。この綱引きを理解しておくと、設定画面の数字の意味が分かり、無理な要求も避けられます。
本稿では、遅れがどこで生まれるのかを分解し、何ミリ秒から人が気づくのかを研究と規格で確かめたうえで、録音・演奏・動画制作の現場での付き合い方を整理します。数値や仕様は執筆時点(2026年10月)の公式資料にもとづきます。
「遅れ」は一つではない — 音が耳に届くまでの経路
最初に、比べるための物差しを用意しておきます。空気中の音速は、海面の標準的な条件で毎秒約340メートルです(NASA グレン研究センターの解説による。気温が上がるほど速くなります)。1ミリ秒で進む距離はおよそ34センチメートル。つまり、3メートル先のギターアンプの音は、約9ミリ秒遅れて耳に届いています。
演奏者は昔から、この程度の遅れの中で演奏してきました。舞台の端から端まで15メートル離れていれば、音が届くまでに約44ミリ秒かかる計算です。生の演奏にも遅れはあり、人はそれをある程度は自然なものとして受け入れています。問題になるのは、デジタル機器が予想しない場所で遅れを足したときです。
デジタルの経路で生まれる遅れは、区間ごとに名前が付いています。Microsoft の Windows ドライバー向け資料と、Google の Android 開発者向け資料は、ほぼ同じ言葉で次のように定義しています。
- 入力レイテンシ(capture / input latency) — マイクに入った音が、アプリケーションから使える状態になるまでの遅れ
- 出力レイテンシ(render / output latency) — アプリケーションが渡した音が、スピーカーやヘッドホンから出るまでの遅れ
- 往復レイテンシ(round-trip latency) — 入力から、アプリケーションの処理を経て、出力されるまでの合計
歌いながら自分の声をヘッドホンで聞く、いわゆる「かけ録り」のモニターで問題になるのは往復レイテンシです。一方、すでに録った曲を再生するだけなら、出力の遅れは再生開始がわずかに遅れるだけで、ほとんど気になりません。同じ「遅れ」でも、どの区間の遅れかで深刻さがまったく違う。これが最初に押さえておくべき点です。
バッファとは何か — なぜ音を「ためて」から送るのか
デジタル音声は、1秒間に数万回、音の大きさを数値として記録したものです。この1回分の値をサンプル(標本)と呼び、48kHz なら1秒に4万8000サンプルが流れます。
パソコンの CPU は、この流れを1サンプルずつ処理しているわけではありません。一定の数のサンプルをまとめてため、まとめて処理し、まとめて送り出します。このまとまりがバッファで、その大きさが DAW(音楽制作ソフト)の設定画面にある「バッファサイズ」です。単位はサンプルで、128、256、512といった値を選びます。
なぜためるのか。CPU は音声だけを扱っているわけではなく、画面の描画やネットワーク、ディスクの読み書きも同時にこなしています。1サンプルごとに音声の処理へ割り込んでいては、ほかの仕事に手が回りません。ある程度の量をためておけば、多少処理が遅れても、ためた分で音を出し続けられます。Apple のサポート文書も、Logic Pro の I/O バッファについて「入出力の音声データの一部を一時的に保存し、音の途切れやクリック、ポップノイズを防ぐ」ものだと説明しています。

バッファサイズとミリ秒の換算
バッファが音声で満ちるまでの時間は、バッファサイズ ÷ サンプリング周波数で求められます。256サンプルを48kHz で扱えば、256 ÷ 48,000 = 約5.3ミリ秒です。
| バッファサイズ | 44.1kHz | 48kHz | 96kHz |
|---|---|---|---|
| 64サンプル | 約1.5ミリ秒 | 約1.3ミリ秒 | 約0.7ミリ秒 |
| 128サンプル | 約2.9ミリ秒 | 約2.7ミリ秒 | 約1.3ミリ秒 |
| 256サンプル | 約5.8ミリ秒 | 約5.3ミリ秒 | 約2.7ミリ秒 |
| 512サンプル | 約11.6ミリ秒 | 約10.7ミリ秒 | 約5.3ミリ秒 |
| 1024サンプル | 約23.2ミリ秒 | 約21.3ミリ秒 | 約10.7ミリ秒 |
注意したいのは、この表の値はバッファ1つ分の時間にすぎないことです。入力側にも出力側にもバッファがあり、さらに後で見る変換器やドライバーの遅れが加わるので、往復レイテンシは表の値の2倍を超えるのが普通です。DAW の多くは、設定画面に実際の往復レイテンシの見積もりを表示します。Logic Pro では、I/O バッファサイズの下に往復または出力のレイテンシが表示されます。
小さくすれば良いわけではない
バッファを小さくすれば遅れは減ります。代わりに、CPU は短い間隔で何度も呼び出され、締め切りに間に合わなければ音が途切れます。Microsoft は、10ミリ秒のバッファなら CPU は10ミリ秒ごとに起きればよいが、1ミリ秒のバッファでは1ミリ秒ごとに起きる必要があり、消費電力が増えてバッテリーの持ちが悪くなると説明しています。
つまりバッファサイズは「遅れ」と「安定」の交換比率を決めるつまみです。どちらか一方だけを最適にする値はありません。
往復の遅れは何が積み重なってできているのか
バッファ以外にも、遅れを足す要素はいくつもあります。
変換器とドライバー
マイクの電気信号をデジタルに変える AD 変換器(アナログ→デジタル)と、デジタルを電気信号に戻す DA 変換器にも、それぞれ処理の時間があります。さらに、オーディオインターフェースとパソコンの間でデータを受け渡すドライバー(機器を OS から使うためのソフトウェア)が、安全のために追加のバッファを持つことがあります。同じバッファサイズでも機種によって往復レイテンシが違うのは、この部分の設計が異なるためです。OS ごとの仕組みも違います。Windows では、標準の音声経路が長く汎用的に作られてきたため、音楽制作では独 Steinberg が定めた ASIO(Audio Stream Input/Output)というドライバー規格が広く使われてきました。Microsoft 自身も、ASIO はアプリケーションから ASIO ドライバーへ直接データを送る方式で、低レイテンシを求める用途の代表的な選択肢だと資料で紹介しています。
その Windows の標準経路も変わってきました。Microsoft によれば、Windows 10 より前はドライバーとの受け渡しに常に約10ミリ秒のバッファが使われ、浮動小数点のデータを扱うアプリでは音声エンジン自体にも約12ミリ秒の遅れがありました。Windows 10 以降は、エンジンの遅れが1.3ミリ秒に短縮され、ドライバーが対応していれば10ミリ秒より小さいバッファを選べるようになっています。標準の HD Audio ドライバーは、48kHz で128サンプル(2.66ミリ秒)から480サンプル(10ミリ秒)までに対応すると書かれています。
プラグインの先読み
エフェクトのプラグインも遅れを生みます。代表的なのがリミッターやコンプレッサーの先読み(look-ahead)です。これは、少し先の音を見てから音量を下げるために、わざと信号を遅らせる処理です。Apple は Logic Pro の資料で、ダイナミクス系のプラグインのうち先読みを持つものが入力モニターの遅れの原因になりうると明記しています。
DAW は、こうしたプラグインの遅れをトラック間でそろえる遅延補正(plug-in delay compensation)を備えています。遅いトラックに合わせて、ほかのトラックも同じだけ遅らせて再生する仕組みです。再生時のずれは解消されますが、全体が遅れること自体は変わりません。録音中に先読みの大きいプラグインを挿したままにすると、モニターが急に遅くなるのはこのためです。
何ミリ秒から「遅い」と感じるのか
遅れが避けられない以上、知りたいのは「どこまでなら問題にならないか」です。答えは一つではなく、誰が、何を、どの方法で聞いているかによって大きく変わります。
モニター環境と楽器で変わる許容量
ライブのモニターについては、米パデュー大学と米シュア(Shure)社の研究者マイケル・レスター(Michael Lester)氏とジョン・ボーリー(Jon Boley)氏が、2007年10月の AES(Audio Engineering Society、音響技術者の国際学会)第123回大会で聴取実験の結果を発表しています。床置きのモニタースピーカー(ウェッジ)とイヤモニター(耳に入れるモニター)を比べたこの研究の要旨は、許容できる遅れが楽器の種類とモニター環境によって変わり、条件によって42ミリ秒から1.4ミリ秒未満までの幅があること、そして一般にウェッジのほうがイヤモニターより遅れを許容しやすいことを述べています。
歌い手や管楽器奏者は、自分の音を頭蓋骨を通じた振動としても聞いています。そこへわずかに遅れた音がイヤホンから重なると、二つの音が干渉して音色が変わって聞こえる場合があります。イヤモニターで遅れに厳しくなる理由の一つとして、こうした干渉が挙げられることがあります。
モバイル端末の基準も参考になります。Android は、プロ向けの音声機能(android.hardware.audio.pro)を名乗る端末に往復20ミリ秒以下を求めています。同じ資料は、それでも「音楽家は一般に10ミリ秒を必要とする」と注記しています。
合奏では、遅れが小さすぎても揺れる
離れた場所にいる二人が合わせる場合はどうでしょうか。米スタンフォード大学 CCRMA(コンピュータ音楽・音響研究センター)のクリス・チャフェ(Chris Chafe)氏らは、防音された別々の部屋にいる二人にヘッドホン越しで手拍子のリズムを合わせてもらい、片道の遅れを3ミリ秒から78ミリ秒の範囲で変える実験を行いました。結果は2010年に学術誌『Perception』に掲載されています。
報告によれば、遅れが極端に短いと二人のテンポはわずかに速くなり、遅れが長くなるほどテンポは次第に遅くなって、最後にはリズムが崩れていきました。研究グループの解説は、11.5ミリ秒より短い遅れで穏やかな加速が見られたこと、そして「ある程度の遅れはテンポの安定に役立つ」という意外な結果を紹介しています。論文は、集団が空間に広がって演奏するときの音の伝わる時間に相当する範囲の遅れが、最も安定した演奏を支えると述べています。

映像と音のずれ — リップシンクの基準
音楽の仕事は、映像と組み合わさる場面が増えています。縦型のショート動画、ミュージックビデオ、配信ライブ。ここでは音と映像の相対的なずれ、いわゆるリップシンク(口の動きと声の一致)が問題になります。
放送の世界にはこの基準があります。ITU(国際電気通信連合)が1998年に定めた勧告 ITU-R BT.1359「放送における音と映像の相対タイミング」は、日本・スイス・オーストラリアでの主観評価の結果として、ずれに気づき始める境界(検知限)がおよそ音が45ミリ秒先行から125ミリ秒遅延まで、許容できる境界がおよそ90ミリ秒先行から185ミリ秒遅延までだったと記しています。
| 区分 | 音が映像より先 | 音が映像より後 |
|---|---|---|
| 検知限(気づき始める) | 約45ミリ秒 | 約125ミリ秒 |
| 許容限(受け入れられる) | 約90ミリ秒 | 約185ミリ秒 |
この表から分かるのは、音が先に来るずれのほうが、遅れて来るずれより気づかれやすいことです。現実の世界では光が音より速いので、遠くの太鼓は「見えてから聞こえる」のが自然です。逆に、口が動く前に声が聞こえる状況は日常にほとんどなく、違和感として目立つと考えられています。
勧告はそのうえで、番組の最終的な送出点から送信機までの区間では、ずれを音の先行22.5ミリ秒から遅延30ミリ秒の範囲に収めるよう求めています。制作から視聴者の受信機までのあいだで、さらにずれが加わりうるためです。
制作の現場で気をつけたいのは、編集中の確認環境です。ワイヤレスのイヤホンやスピーカーは、無線で送るための符号化と受信側のバッファを経るため、有線より大きな遅れを持つのが一般的です。その遅れの量は機種やコーデック(音声の圧縮方式)によって異なります。無線の機器で口元と声を合わせると、有線で見たときにずれが現れることがあるので、同期を詰める作業は有線のモニターで行うのが安全です。
現場での付き合い方 — 録る、混ぜる、合わせる
ここまでの仕組みを踏まえると、作業の段階ごとに優先すべきものが変わることが分かります。
録るとき: 遅れを最小に
録音中は、演奏者のモニターの遅れが最優先です。Apple は Logic Pro の資料で、録音時はバッファを最小に設定し、ミックス時には必要に応じて大きくするよう案内しています。録音時には次の手が有効です。
- バッファを小さくし、CPU の負荷が重いプラグインや先読みの大きいプラグインは録音トラックから外す
- Logic Pro の「低レイテンシモード」のように、遅れの大きいプラグインを録音中だけ迂回させる機能を使う
- オーディオインターフェースのダイレクトモニター(入力をパソコンに通さず、機器の中で直接ヘッドホンへ返す機能)を使う。パソコン側のバッファを経ないので遅れはほぼ生じないが、DAW 上のエフェクトはモニターにかからない
ボーカルの録音で演奏者がどこまでの遅れを気にするかは人によって違うため、録り始める前に数小節試し、本人に聞いてみるのが確実です。録音の段取りは歌の録音を依頼するときの流れで、スタジオの予約と準備はレコーディングスタジオの選び方と予約で詳しく整理しています。
混ぜるとき: 安定を優先
ミックスでは手元で演奏をモニターしないので、遅れより安定が大事です。バッファを512サンプルや1024サンプルに上げれば、多くのトラックや重いプラグインを途切れずに鳴らせます。
測って確かめる
表示されるレイテンシは見積もりなので、厳密に知りたいときは実測します。Microsoft の資料が紹介している方法と同じく、出力から短いパルス(クリック音)を出し、それをケーブルで入力に戻して録音すれば、元の位置とのずれが往復レイテンシです。多くの DAW はこの測定結果を録音位置の補正に使えます。
共同制作と発注で、遅れについて伝えておくこと
遅れの問題は、一人で作業しているときより、人と組むときに表に出やすくなります。
離れた場所での共同制作
インターネット越しの合奏やセッションでは、パソコン内の遅れに加えて通信の遅れが乗ります。チャフェ氏らの実験が示すように、遅れが一定を超えるとテンポは次第に落ちていきます。互いに離れた場所でリアルタイムに合わせる前提で計画するより、クリックや仮のガイド音源に合わせて各自が録り、後で並べる方式を基本にしておくほうが、品質は安定しやすくなります。
映像と組み合わせる音楽
映像向けの音楽や効果音を依頼するときは、映像のフレームレート(1秒あたりのコマ数)と、音を合わせる基準点を共有しておくと、受け取った音源が数フレームずれるといった事故を防げます。基準点は、映像の開始位置やタイムコード(映像の時刻情報)など、双方が同じ位置を指せるものにします。前述のとおり、確認を無線イヤホンで済ませると、受け取った側の環境では合っていても、こちらではずれて見える場合があります。
縦型動画で演奏を見せるポートフォリオを作る場合も同じで、口元や手元が映る映像では、書き出す前に有線のヘッドホンで同期を確認しておくと安心です。演奏・録音・映像の担当を探すときはミュージシャンを探すで職種から絞り込めます。業務委託の案件として条件を示して募る場合は仕事を探すに掲載でき、音楽業界の外から初めて依頼する場合の流れは企業の方へにまとめています。マイクの種類と使い分けはマイクの種類と選び方で扱っています。
遅れはなくすものではなく、配分するもの
レイテンシは、デジタルで音を扱うための仕組み、つまりバッファや変換、先読みと引き換えに生まれています。ゼロにはできません。できるのは、どの区間の遅れが、いまの作業にとって問題なのかを見極め、そこを小さくするために、ほかの部分で余裕を持たせることです。
録るときは遅れを削って安定を少し手放し、混ぜるときは遅れを許して安定を取る。映像と合わせるときは、絶対的な遅れより音と映像の相対的なずれを、有線のモニターで確かめる。研究と規格が示す数字は、その判断の目安になります。
3メートル先のアンプの音が9ミリ秒遅れて届くことを、演奏者は昔から当たり前のこととして受け入れてきました。デジタルの遅れも、その延長として数字で理解しておけば、設定画面の前で迷う時間はずっと短くなります。
参考・出典
- Low Latency Audio(Microsoft・2024年)
- Audio latency(Android Developers・Google)
- Manage input monitoring latency in Logic Pro for Mac(Apple)
- Recommendation ITU-R BT.1359: Relative timing of sound and vision for broadcasting(ITU-R・1998年)
- The Effects of Latency on Live Sound Monitoring(Michael Lester, Jon Boley/AES 第123回大会 Paper 7198・2007年)
- Effect of temporal separation on synchronization in rhythmic performance(Chris Chafe, Juan-Pablo Cáceres, Michael Gurevich/Perception 39(7)・2010年)
- 合奏と時間遅れの研究の紹介ページ(Chris Chafe/Stanford University CCRMA)
- Speed of Sound(NASA Glenn Research Center)