作曲家にBGMを頼む、ライブにサポートのギタリストを呼ぶ、ホテルのラウンジで毎週ピアノを弾いてもらう。音楽の仕事の多くは、会社員ではない個人への「業務委託」で成り立っています。その取引に、2024年11月1日から新しいルールが加わりました。「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」、通称フリーランス・事業者間取引適正化等法(以下、フリーランス法)です。
この法律については、取引条件を書面やメールで示す義務と「60日以内の支払い」がよく知られています。ただ、条文と公正取引委員会(公取委)の資料を読み込むと、音楽の発注には別の論点もあることが分かります。たとえば、演奏の依頼でも支払期日の数え方は作曲と違います。コンペで採用しなかった曲の扱いや、仕事を募集する文面の書き方にも規律があります。毎週の演奏の契約を終えるときの手順も定められています。
本稿では、条文と公取委・厚生労働省のパンフレットを手がかりに、音楽の発注実務で押さえておきたい点を順に整理します。契約書に書く項目の一覧は「音楽の業務委託契約で必ず決める9項目」にまとめたので、ここでは法律の仕組みそのものと、音楽の現場での当てはめに絞ります。法律・制度の記述は執筆時点(2026年10月)の情報で、個別案件への法的助言ではありません。
誰が誰に頼むと対象になるのか
フリーランス法が守る相手は「特定受託事業者」です。業務委託を受ける事業者のうち、従業員を使用しない個人と、代表者1人のほかに役員がおらず従業員もいない法人が当たります。ここでいう従業員は、1週間の所定労働時間が20時間以上で、かつ31日以上の雇用が見込まれる労働者を指します。同居の親族だけを使っている場合は「従業員を使用している」に当たりません。
音楽の世界では、この定義に当てはまる人がとても多いはずです。個人で活動する作曲家、エンジニア、スタジオミュージシャン、PA(音響)担当、ボーカリストは、ほとんどが該当すると考えてよいでしょう。会社員が副業として作曲や演奏を受ける場合も、その副業については特定受託事業者に当たるとされています。一方、スタッフを雇っている制作会社や、複数の役員がいる音楽事務所は対象外です。
発注する側は2段階に分かれます。フリーランスに業務を委託する事業者はすべて「業務委託事業者」で、取引条件の明示義務(第3条)を負います。このうち、従業員を使用する個人や、役員が2人以上いるか従業員を使用する法人が「特定業務委託事業者」です。こちらは支払期日の義務や禁止行為など、より多くの義務を負います。
公取委のパンフレットが強調しているのは、フリーランス同士の取引にも明示義務がかかるという点です。従業員のいないバンドリーダーがサポートのドラマーを呼ぶとき、条件をメッセージで送っておく義務はリーダーの側にもあります。
対象にならない取引
逆に、対象から外れる取引もあります。まず消費者からの依頼です。この法律は事業者間(B to B)の取引が対象なので、個人が自分の結婚式で演奏を頼む場合は対象外です。ただし同じ結婚式でも、式場を運営する会社が演奏者を手配するなら事業者からの委託となり、対象に入ります。
次に、契約書の名前が「業務委託」でも、働き方の実態から労働基準法上の労働者と判断される場合は、労働基準関係の法令が適用され、フリーランス法は適用されません。勤務時間や場所が細かく指定され、指揮命令を受けて働いている場合などが典型です。そうなると、業務委託という形自体を見直す必要が出てきます。
作曲・演奏・自社用の演奏で変わる支払期日
フリーランス法がいう「業務委託」は3種類あります。物品の製造・加工委託、情報成果物の作成委託、役務の提供委託です。音楽の発注はほぼ後の二つに収まります。作曲・編曲・ミックスのように成果物をデータで納めるものは情報成果物、演奏やPAのようにその場で作業してもらうものは役務です。
この区別が実務に効いてくるのが、支払期日の起算日です。特定業務委託事業者は、給付を受領した日から数えて60日以内のできる限り短い期間内に支払期日を定め、その日までに報酬を払わなければなりません。何をもって「受領した日」とするかは、委託の種類で変わります。
| 依頼の例 | 委託の種類 | 支払期日の起算日(受領した日) |
|---|---|---|
| 作曲・編曲・ミックスの納品 | 情報成果物の作成委託 | 媒体を受け取った日。ネット経由なら発注者の使う機器にデータが記録されたとき |
| ライブ・式典での演奏、PA | 役務の提供委託 | 演奏や作業を受けた日。複数日にわたる場合は一連の提供が終わった日 |
| 自社の店舗・ホテル・展示会での演奏 | 役務の提供委託(自ら用いる役務) | 同上。取適法では対象外だが、フリーランス法では対象 |
表の最後の行は見落とされがちです。2026年1月1日に下請法を改正して施行された中小受託取引適正化法(取適法)は、発注者が自ら用いる役務の委託を対象にしていません。これに対しフリーランス法は、カフェが店内での演奏を頼むような自社のための役務も対象に含めています。音楽業界の外の企業が演奏者に直接依頼する場合こそ、この法律が効いてきます。
「月末締め翌月末払い」と「〜日まで」
月単位の締め日を使うこと自体は認められていますが、月の初めに受け取った分も60日以内に払える設定にする必要があります。公取委は「毎月末日締め、翌月末日払い」をこの範囲に収まる例として示しています。「翌々月末払い」は、受領日によっては60日を超えてしまいます。
また、支払期日は具体的な日を特定できる形で定めなければなりません。「○月○日まで」や「納品後○日以内」という書き方は、いつが支払期日なのか特定できないため、定めたものと認められないとされています。期日を定めなかった場合は受領した日が、60日を超えて定めた場合は受領から60日を経過する日が、それぞれ支払期日とみなされます。
再委託なら「30日」の例外
広告会社から受けた案件を制作会社が作曲家に回すような再委託では、例外があります。通常の明示事項に加えて「再委託である旨」「元委託者の名称」「元委託者からの支払期日」を明示すれば、作曲家への支払期日を元委託者からの支払期日から30日以内に設定できます。例外を使わずに60日以内で払えるなら、それが望ましいとされています。
1か月以上の依頼で効く7つの禁止行為
特定業務委託事業者が1か月以上の期間で業務を委託する場合、次の7つの行為が禁止されます。受領拒否、報酬の減額、返品、買いたたき、購入・利用強制、不当な経済上の利益の提供要請、不当な給付内容の変更・やり直しです。公取委は、フリーランスの了解を得ていても、発注者に違法性の意識がなくても違反になると注意を促しています。
1か月の数え方は、契約を結んだ日から、納品予定日か契約の終了日のうち遅い日までです。単発の作曲でも、制作期間が1か月を超えれば対象になります。同じ相手との契約を空白1か月未満で更新している場合は、最初の契約から最後の契約までを通算します。期間を区切って対象外にしようとする行為はしないよう、公取委は注意しています。
音楽の現場に置き換えると
7つのうち、音楽の発注で起きやすいものを具体的に見ていきます。
不当な経済上の利益の提供要請について、公取委はパンフレットで音楽制作会社と作曲家の例を挙げています。候補として複数の楽曲案を作らせ、採用した曲の知的財産権を譲渡させる契約だったのに、採用しなかった曲の権利まで無償で譲渡させたケースです。コンペ形式で曲を集めるときは、不採用曲の権利が作曲家に残ることを、募集の段階で書いておくのが安全です。
不当な給付内容の変更・やり直しも身近な論点です。確認したうえで受け取った成果物について、自社や取引先の意向で大幅に修正させ、その費用を払わない行為が当たります。修正の回数と、方向性そのものを変える場合の扱いは、依頼の時点で決めておく必要があります。
報酬の減額は、名目を問いません。業績悪化を理由に後から差し引くのはもちろん、振込手数料を相手に負担させて報酬から差し引いた例も、公取委は違反例として挙げています。買いたたきは、報酬の決め方に十分な協議があったかどうか、通常支払われる対価とどれだけ離れているかなどから総合的に判断されます。
購入・利用強制は、正当な理由なく自社の商品やサービスを買わせる行為です。公取委は、結婚式場が司会者におせち料理を買わせた例を挙げています。主催イベントのチケットやグッズの購入を出演者に求める場合も、同じ構図になり得ます。

仕事を募集する文面にも義務がある
フリーランス法には、取引の公正さとは別に「就業環境の整備」という柱があります。その一つが、募集情報の的確表示義務(第12条)です。特定業務委託事業者が広告などで広くフリーランスを募集するときは、虚偽の表示や誤解を生じさせる表示をしてはならず、内容を正確かつ最新に保つ必要があります。
「広告など」には、新聞や雑誌の広告だけでなく、ホームページ、SNS、メール、クラウドソーシングなどのプラットフォームも含まれます。オーディションの告知、演奏者の募集投稿、仕事掲載サービスへの案件登録は、いずれも対象になり得ます。
具体的には、次のような表示が問題になります。実際より高い報酬額であるかのように見せること。仕事の実態とかけ離れた職種名をつけること。フリーランスの募集なのに、雇用の求人と混同させる書き方をすること。募集者の氏名または名称、住所、連絡先、業務の内容、業務の場所、報酬の6つを欠いた表示も、誤解を生じさせる表示として注意が必要です。募集を終えたら、速やかに掲載を取り下げる必要もあります。
公取委は、業務の内容や報酬に加えて、成果物の知的財産権の許諾・譲渡の範囲と、その対価も募集時に示すのが望ましいとしています。作曲や編曲の募集で、権利を買い取るのか、利用を許諾してもらうだけなのかが書かれていないと、応募の判断がつきません。権利の考え方は「音楽の報酬は買い取りか印税か」で詳しく扱っています。
Music Chronicle の仕事掲載も業務委託の案件だけを扱い、雇用の求人は掲載していません。案件を登録するときは、上の6事項と権利の扱いが本文から読み取れるかを確かめておくと安心です。
6か月を超える契約の終わらせ方
同じ相手との取引が長く続く場合には、追加の義務がかかります。
最も実務に響くのが、中途解除等の事前予告・理由開示義務(第16条)です。特定業務委託事業者は、6か月以上の業務委託を解除するとき、または更新しないときは、原則として30日前までに予告しなければなりません。予告の方法は書面、ファクス、電子メールなどに限られ、口頭は認められていません。予告のあとでフリーランスから理由を聞かれたら、遅滞なく開示する必要があります。
音楽でいえば、ホテルラウンジの定期演奏、音楽教室やスクールのレッスン講師、配信番組のBGMの月次制作などが当てはまりやすい取引です。「契約の不更新」には、更新を前提に続けてきた契約を打ち切る場合だけでなく、断続的に依頼してきた相手との取引をやめ、1か月以内に次の契約を結ばない場合も含まれます。
ただし、災害などで予告が難しい場合や、フリーランス側に重大な責任がある場合など、5つの例外事由が定められています。また、一回限りであることが明らかな仕事は「不更新」に当たりません。単発のライブ出演を次に頼まないことまで予告を求められるわけではありません。
育児・介護への配慮とハラスメント対策
6か月以上の業務委託では、フリーランスから申し出があれば、妊娠・出産・育児・介護と業務を両立できるよう必要な配慮をしなければなりません(第13条)。リハーサルの曜日を調整する、打ち合わせをオンラインにする、といった対応が考えられます。配慮できない場合は、その理由を説明する必要があります。6か月未満の委託では努力義務です。
ハラスメント対策の体制整備(第14条)は、期間にかかわらず、すべての特定業務委託事業者に求められます。方針を明確にして社内に知らせること、相談窓口を設けてフリーランスにも周知すること、相談したことを理由に不利益に扱わないことが柱です。公取委は周知の方法として、業務委託の契約書やメールに相談窓口を書いておく例を挙げています。

施行から2年で見えてきた執行の実態
この法律の違反には、公取委・中小企業庁・厚生労働省が報告徴収や立入検査で調査し、指導・助言や勧告を行います。勧告に従わなければ命令と公表があり、命令に違反すると50万円以下の罰金が科されます。フリーランスが行政に申し出たことを理由に、契約を切るなどの不利益な扱いをすることも禁止されています。
最初の勧告は2025年6月17日に出ました。対象は出版社の小学館と光文社です。雑誌の原稿、写真、イラスト、ヘアメイクなどを委託していたフリーランスに対し、取引条件を直ちに明示していなかったこと、報酬を期日までに支払っていなかったことなどが指摘されました。
公取委が2026年6月に公表した運用状況によると、令和7年度(2025年4月〜2026年3月)に処理した違反被疑事件は1,597件です。このうち1,552件で勧告(10件)または指導(1,542件)の措置がとられました。違反の内訳は、期日までの支払義務違反が1,135件、取引条件の明示義務違反が1,126件、買いたたきが250件で、基本的な二つの義務の違反が大半を占めています。
業種を絞った集中調査も行われています。2025年12月には、放送業と広告業の事業者128社に指導したことが公表されました。報酬を自社の予算や規定を基準に一方的に決めたり、コストが上がっているのに協議せず据え置いたりした「買いたたき」も確認されています。音楽の仕事と接点の多い業界なので、発注する側の社内ルールを見直すきっかけになるはずです。
取適法との関係
発注者が一定規模以上の法人で、取引が取適法の対象にも当たる場合は、二つの法律が重なります。公取委は、両方に違反する行為には原則としてフリーランス法を優先して適用する考え方を示しています。とはいえ、取適法だけに違反する行為もあれば全体に取適法を適用し得るとしているため、規模の大きい発注者は両方の資料を確認しておく必要があります。
発注メール1通に落とし込む
ここまでの内容を、実際の発注の動きに置き換えると次のようになります。
- 相手を確かめる: 個人か、従業員のいる会社か。自社は特定業務委託事業者に当たるか
- 条件を文字で送る: 業務の内容、納品日または演奏日、場所、報酬額、具体的な支払日を、依頼を決めたその場でメールやメッセージで送る。決まっていない項目は、決まらない理由と決める予定日を書く
- 権利の範囲と対価を入れる: 譲渡なのか許諾なのか、その対価は報酬に含まれているか。コンペなら不採用曲の権利の扱いも書く
- 修正とキャンセルの扱いを決める: 修正の回数、方向性の変更は別料金にするか、中止になったときに作業分をどう払うか
- 長く続くなら記録を残す: 6か月を超えそうな取引は、終える30日前に予告できるよう、契約の始期と更新の履歴を管理する
明示の方法について、公取委は電子メールやSNSのメッセージ、チャットツールでもよいとしています。ただし、ブログやウェブページへの書き込みは認められません。また、サービスが終わってメッセージが読めなくなる場合に備えて、スクリーンショットなどで保存しておくよう勧めています。
演奏や制作を頼む相手を探す段階から考えたい場合は、企業の方へで依頼の流れと料金の仕組みを、ミュージシャンを探すで職種別のポートフォリオを見られます。PAの依頼で確認すべき点は「PA(音響)を発注するときの確認事項」にまとめています。
フリーランス法は、何か新しい手間を発注者に課すというより、音楽の現場で慣行として曖昧にされてきたことを文字にするよう求める法律です。条件を先に書いておけば、受ける側は安心して引き受けられ、頼む側も「言った・言わない」の争いを避けられます。文化庁も2024年10月、文化芸術分野の契約ガイドラインにこの法律の内容を追記しています。
参考・出典
- 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号)(e-Gov 法令検索・デジタル庁)
- フリーランス・事業者間取引適正化等法 特設サイト(公正取引委員会・2024年)
- ここからはじめるフリーランス・事業者間取引適正化等法(パンフレット)(公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省。定義・明示事項・支払期日の起算日・禁止行為の例・募集情報・中途解除)
- 株式会社小学館に対する勧告について(公正取引委員会・2025年6月17日)
- 令和7年度におけるフリーランス・事業者間取引適正化等法第2章の運用状況及びフリーランスに係る取引の適正化に向けた取組(公正取引委員会・2026年6月10日)
- 令和6年度におけるフリーランスに係る取引の適正化に向けた取組及びフリーランス・事業者間取引適正化等法第2章の運用状況(公正取引委員会・2025年5月15日)
- 2026年1月から「下請法」は「取適法」へ(公正取引委員会。中小受託取引適正化法の改正ポイント)
- 「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」を改訂します(文化庁・2024年)
- フリーランス・トラブル110番(厚生労働省の委託事業。弁護士による無料相談窓口)